制度廃止の動議、孤立する田村。しかし27の地域から届く成果報告、そしてハナの手紙「息子が悪いのであって、制度は悪くない」。鬼頭の棄権、森川の再信頼。27の灯が、雪国市を照らす。
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第5章・27の灯
四月。雪解けが進む雪国市議会に、緊急動議が提出された。
議題――「地域自治区制度の廃止」。
議場はざわめきに包まれた。
「やはり、この制度は失敗だった。即刻廃止すべきだ」
田村慎一は、議場の片隅で孤立していた。森川義昭議員の方を見る。だが、森川は目を逸らした。――取引の代償を、今、払わされている。
翌日。田村のデスクに、封筒が届き始めた。最初は一通。次に二通。昼を過ぎる頃には、机の上に積み上がっていった。
山里区、北浜区、清水区……。封筒は、山のようになっていた。
田村は、上から順に目を通していく。
「除雪ルートの見直しで、高齢者の孤立ゼロ」
「空き家を学生のシェアハウスに転用」
「子育て支援を住民主体で再設計、転入者が増加」
「商店街の夜市を復活、売上が前年を上回る」
「獣害対策を猟友会と協議会が連携して実施」
「高齢者の買い物支援を、若者ボランティアが担う」
一枚一枚は、小さな報告だった。だが、それが二十七枚、重なっている。
――二十七の地域は、まだ、声を上げている。
最後の一通に、差出人が記されていた。
「桜町区協議会」
田村は息をのんだ。恐る恐る、封を切る。
『田村様
息子の不始末を、心よりお詫び申し上げます。私は母として、恥ずかしい限りです。
しかし、田村さん。あなたの制度は間違っていません。息子は確かに裏切りました。でも、それは息子が悪いのであって、制度が悪いのではありません。
私たち桜町区の住民は、もう一度やり直します。息子も、罪を償うと言っています。
どうか、二十八の声を信じ続けてください。私たちは、あなたを信じています。
山里区協議会委員 ハナ』
田村の頬を、涙が伝った。ハナの文字は震えていた。その一文字一文字が、胸を貫く。
翌朝。議会。満席の傍聴席の前で、田村は壇上に立った。机の上には、二十七通の報告書と、一通の手紙。
「問題を起こしたのは二十八分の一です。しかし、二十七の地域では、住民が自分たちで課題を解決しています。そして、桜町区の住民も、もう一度やり直すと言っています」
田村の声が震えた。
「失敗から学ぶこと――それが、自治の本質です」
田村は手紙を両手で掲げた。
「この手紙を書いたのは、山里区のハナさんです。彼女は、自分の息子を失いかけても、まだ制度を信じています。私は……この信頼を、裏切るわけにはいきません」
沈黙。時計の秒針だけが、音を立てていた。
鬼頭が立ち上がった。会議室の空気が、再び凍りつく。
「……私は、この制度に反対してきた」
鬼頭は田村を見た。
「今も、リスクは大きいと思っている」
短い沈黙。鬼頭は、机の上の資料に目を落とした。二十七区の成果報告。ハナの手紙。そして、田村の顔。
――あの日、俺は数字を選んだ。 三百人の暮らしを切り捨ててでも、街を守ると信じた。
田村は、人を選んだ。 ……どちらが正しかったのか、俺にはまだ分からん。
鬼頭は、ゆっくりと口を開いた。
「田村主任の言う通り、二十七の地域は成功している。それは事実だ」
「一つの失敗で、すべてを否定するのは……間違っているのかもしれん」
鬼頭は、静かに着席した。
「私は、棄権する」
その言葉が、議場の空気を変えた。
森川が立ち上がる。
「……私は、この制度を続けるべきだと思います。失敗から学ぶことこそが、自治の第一歩です。私も、田村主任を信じます」
投票が始まった。
「賛成……反対……」
議長が結果を読み上げる。
「賛成八、反対六、棄権一。――制度は、存続です」
短い静寂。田村は深く息をついた。
鬼頭がこちらを見た。目が合う。わずかに、笑った。
それは、言葉のいらない承認だった。
エピローグ
エピローグ
翌日。田村は山里区を訪れた。雪はすっかり溶け、山肌に春の光が射している。
公民館の前で、ハナが待っていた。
「田村さん」
ハナは涙を浮かべながら、頭を下げた。
「息子が、迷惑をかけて……」
田村は首を振った。
「ハナさん、頭を上げてください。あなたは何も悪くない」
「でも……」
「制度を信じてくれて、ありがとうございます。ハナさんの手紙が、私を救ってくれました」
ハナは目を拭った。
「息子も、もう一度やり直すと言っています。田村さん、信じてあげてください」
田村は、静かに頷いた。
「信じます。二十八の声を」
二人は、春風の中に立っていた。
公民館の壁には、新しい地図が貼られている。そこには、赤い線で描かれた二十八の地域の名前が並んでいた。
田村は空を見上げた。春の空は、どこまでも青く澄んでいる。雪は完全に溶け、街には新しい季節が訪れていた。
胸の奥で、静かに言葉が響いた。
――理想の値段は、高かった。でも、それでも払う価値があった。
(完)
