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【推理小説】レールの影 第二章 消えたメモリ

レールの影 第2章 消えためUSBメモリー

「レールの影」第二章 消えたメモリ
スリを追う三浦巡査と、すり抜ける高田。二人の視線が交錯した時、列車のざわめきが緊張へ変わる。

※この物語はフィクションです。

ホームの騒ぎが収まる頃には、USBメモリも黒いリュックの男も姿を消していた。

人波は何事もなかったかのように再び動き始め、駅員が「危ないですからお下がりください」と繰り返している。

ほんの数分前の混乱は、群衆の記憶からすでに薄れつつあった。

「先輩……完全に見失いました」

三浦の声は悔しさを含んでいた。制服の袖は人波に揉まれ、皺だらけになっている。

佐伯は無線に短く指示を送る。

「監視室、三番ホームと改札周辺のカメラを全再生。黒いリュック、二〇代から三〇代前半、浅黒い肌。全出口を確認してくれ」

「了解。解析に入ります」

応答の声の背後には、既に複数の隊員が慌ただしく動き回る気配があった。

三浦は息を整えながら問いかけた。

「USBメモリ、そんなに重要なんですか?」

「……財布よりも優先して盗んだ。中身がただのデータならいいが、そうじゃない可能性が高い」

佐伯の脳裏に浮かんだのは、過去の事例だった。

不審物、爆破予告、偽装パスポート。どれも最初は些細な手がかりから広がった。

駅という巨大な交差点には、日常の顔と同時に、社会の闇も入り込んでくる。

その時、無線がざらついた。

「巡査部長、解析映像で確認。リュックの男、十一号車付近で一瞬立ち止まったあと、列車には乗らず南口改札へ。外部に協力者がいる可能性大です」

「追尾は?」

「人波に紛れてロスト。ですが、ひとつ気になるものが――」

短い間を置いて、声が続いた。

「映像で確認したところ、男が踏みつけたUSBメモリ……拾ったのは、別の人物です。帽子をかぶった中年男性」

三浦が目を見開いた。

「それって……」

「高田だな」

佐伯の答えは冷ややかだった。

スリ師が奪い、テロリストが追い、そしてまたスリ師が拾った。

USBメモリは、人波の迷路の中で再び姿を変えたのだ。

高田健吾は、駅近くの雑居ビルの階段を上がっていた。

四階の突き当たりにある古びたネットカフェは、昼間でもカーテンを閉め切り、薄暗い空気が漂っている。常連しか来ないような場所だった。

個室に入ると、彼はすぐにポケットから銀色のUSBメモリを取り出した。

掌に載せると、思った以上に重く感じる。財布やスマホとは違う、妙な圧力があった。

「なんでこんなもんを……」

ぶつぶつ呟きながら、備え付けの古いパソコンに差し込んでみる。

画面に表示されたのは、見慣れない設計図だった。

英語と数字の羅列、複雑に交差する線。建築図のようでもあり、機械の構造にも見える。

だが次の瞬間、画面が一瞬だけ切り替わり、赤い警告が表示された。

《Access Restricted》
《Unauthorized User Detected》

高田は慌ててマウスを動かしたが、図面はすでに消え、黒い画面に戻っていた。

背中に冷たい汗が流れる。

ただの盗品じゃない。これは触れてはいけないものだ――。

ドアの外で、足音が止まった。

一瞬の沈黙のあと、ノックの音が響く。

「……いるのはわかってる。開けろ」

聞き慣れない低い声。日本語だが、抑揚に異国の響きが混じっていた。

高田は息を呑み、USBメモリを握りしめた。

ノックはすぐにドアを叩く音へと変わり、やがて荒々しい衝撃に変わった。

高田は息を殺したまま、USBメモリをポケットに突っ込む。

「開けろ!」

声は低いが、確実に殺気を帯びていた。

ドアノブが激しく揺れる。

高田は迷うことなく窓に向かい、ロックを外した。四階の高さ。

落ちれば骨の一本や二本は折れるだろう。だが、ここで捕まれば二度と自由には戻れない。

窓を開け放ち、身を乗り出す。

背後でドアが破られる音が響いた瞬間、高田は外の非常階段へ飛び移った。

鉄の手すりが鈍く鳴り、身体に衝撃が走る。

「待て!」

低い声が背中を追う。階段を駆け下りる足音。

高田は必死に駆け下り、裏口から狭い路地へ飛び出した。

夕方前の光が差し込む路地は人影が少なく、わずかに漂う弁当屋の匂いが現実感を取り戻させる。

それでも胸の鼓動は速すぎて、自分の心臓が爆発しそうだった。

ポケットの中のUSBメモリが、脈打つように熱を帯びている気がした。

「……クソッ、なんなんだ、これ……」

その時、路地の向こうに制服姿が二人、立っていた。

鉄道警察隊の腕章が、夕日を受けて光っている。

高田の足が止まった。

後ろには見知らぬ追っ手、前には警察。

彼の逃げ道は、急速に閉ざされていった。

路地の入口に立つ二人の隊員が、高田を鋭く見据えた。

「高田健吾だな。動くな」
短く放たれた声が、狭い空間に反響する。

高田は反射的に後ずさりした。だが、背後から足音が迫る。

振り返れば、さきほどネットカフェのドアを破ったリュックの男が現れた。

逃げ場は、完全に塞がれていた。

「USBを渡せ」

男の声は低く、しかし切迫していた。

「それはお前のためじゃない。俺たちの――」

銃声にも似た怒鳴り声がそれを遮った。

「動くな!」

佐伯涼介が、隊員たちを引き連れて路地に飛び込んできた。三浦もその後ろにいる。

一瞬、場が凍りつく。

高田、リュックの男、そして警察。三者の視線が交錯する。

「……おいおい、本気で撃つ気か」

高田は苦笑を浮かべた。

「俺はただのスリだぜ? こんな大勢で囲むような相手じゃない」

「ただのスリが命がけでUSBを守るか?」

佐伯の声は冷ややかだった。

リュックの男が前に出た。

「そのUSBは返してもらう。あんたらに理解できる代物じゃない」

その眼差しには、単なる犯罪者ではない確信めいた強さがあった。

次の瞬間、路地をかすめてパトカーのサイレンが響いた。

人々のざわめきが遠くから押し寄せ、狭い空間はさらに息苦しくなる。

三浦が緊張で喉を鳴らした。
「先輩……どうします?」

佐伯はほんの一瞬、目を閉じた。

ここで誤れば、USBも、命も、未来も失われる。

選択の重みが、彼の肩にのしかかっていた。

佐伯の右手がゆっくりと腰のホルスターに伸びた。鉄道警察隊は通常、

駅構内では銃を抜かない。しかし今は、路地のど真ん中で、命の天秤が揺れている。

「USBを渡せ、高田」
佐伯の声は落ち着いていたが、その眼差しは氷のように冷たい。

高田はポケットに触れたまま動かない。汗が顎を伝い、胸の鼓動が耳に響く。彼は犯罪者だ。

だが、今手にしているものは、犯罪の道具ではなく――もっと大きな何か。

「……俺は、ただ盗んだだけだ」
その言葉に自分でも苦笑した。言い訳にしか聞こえない。

背後で、リュックの男が一歩踏み出した。
「時間がない。あれがなければ、多くの命が――」
その瞬間、

彼の手が内ポケットに滑り込み、黒い金属の影が光った。

「銃だ!」
三浦の叫びと同時に、空気が爆ぜた。

男の腕が上がる。佐伯は即座に銃を抜き、構えた。
路地の空間が凍りつき、わずかな呼吸音さえ鋭く響く。

「撃つな!」
高田が叫んだ。だがその声に、誰も耳を貸す余裕はなかった。

一秒にも満たない沈黙。
人間の意志と恐怖がぶつかり合い、路地の空気は張り裂けそうだった。

そして―銃声が轟いた。

【次回予告】
「レールの影」第三章 境界線
区をまたぐ鶴橋駅で発見された不審物。境界の影に潜む何者かが、事態をさらに深刻へと導いていく。

◀第1章はこち

目次

登場人物

佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。

三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。

高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。

イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。

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