※この物語はフィクションです。
「レールの影」第九章 過去の影
USBに浮かぶ都市データ。影の指揮者の正体と、高田が背負ってきた過去が少しずつ繋がり始める。
夜明け前の大阪は、まだ眠らない街の灯りに包まれていた。
騒ぎの余韻が残る梅田から少し離れた警察庁舎の一室で、佐伯はモニターを凝視していた。
USBのデータ解析が進むにつれ、影の指揮者の存在は疑いようのないものとなりつつあった。
「新幹線、環状線、近鉄、地下鉄……複数の路線が網羅されている」
解析員の声が低く響く。
「しかも、このシミュレーションは日本国内だけではありません。東京、名古屋、福岡……主要都市のデータまで含まれています」
三浦は言葉を失った。
「全国規模……これはもう、鉄道警察隊だけの問題じゃない」
佐伯は深く息を吐いた。
「だが、ここから始まったのは確かだ。大阪を混乱させ、全国に波及させる。それが奴らの狙いだ」
一方、別室で休ませていた高田は、薄暗い天井を見つめていた。
拘束こそ解かれていないが、さきほどの行動で彼を見る目は変わり始めている。
「英雄気取りか……笑わせるな」
自嘲気味に呟く。だが心の奥底で、初めて人の役に立てた実感が微かに灯っていた。
そこへ三浦が訪ねてきた。紙コップを差し出しながら、少しぎこちなく笑う。
「コーヒーです。今夜は徹夜になりそうなんで」
「優しいな。警官に同情されるスリなんざ、聞いたことねえ」
高田はコーヒーを受け取り、苦笑した。
三浦は真剣な表情に戻った。
「でも、どうしてUSBを盗んだんですか。財布でもスマホでもなく、それを」
高田はしばらく黙り、やがて小さく呟いた。
「……直感だ。俺は長年、人の懐を覗いて生きてきた。金になるかどうかなんて、見ればわかる。だがあの時は違った。盗らなきゃならねえ、そう思ったんだ」
その時、佐伯が部屋に入ってきた。手には新しい報告書を持っている。
「解析でわかった。影の指揮者は、鉄道システムの元技術者だ」
「技術者……?」三浦が驚く。
「数年前に解雇され、行方をくらましていた。鉄道への異常な執着を持ち、内部データを持ち出していた可能性がある」
高田が苦く笑った。
「なるほどな。だからこんなに詳しいデータが出てくるわけだ」
佐伯は報告書を机に置き、視線を鋭くした。
「次の標的は新幹線だ。大阪から東京へ向かう線路、始発便が動く前に仕掛けられる」
室内の空気が一気に冷えた。
夜が明ける前に、もう一度、大きな波が来る。
【次回予告】
「レールの影」第十章 始発の刻
東京へ向かう始発新幹線。迫る危機を前に、高田は自らの罪を背負って決断を迫られる。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。