※この物語はフィクションです。
第18章 決断の刻
残り数分。すべてを晒してでも守るか、それとも過去に縛られるか。高田の指先が運命を変える。
残り時間は五分。
貨物ホームに響くのは、赤いランプの点滅音と、誰もが息を殺す沈黙だけだった。
高田は画面に食らいつくようにキーを叩き続けた。
だが同時に、遠隔からの干渉が強まり、文字列が歪んでいく。
《Override Conflict 87%》
「くそっ……押し返される!」
佐伯が低く叫んだ。
「高田、諦めるな!」
その声に、高田の脳裏に過去の記憶がよぎった。
少年の頃、市場で声をかけられたあの日。
「その腕前、無駄にするな」
影の指揮者の囁きに導かれ、犯罪の道へ進んだ自分。
だが今、その同じ技術を「守る」ために使っている。
「俺はもう、駒じゃねえ……」
彼は左手で短くUSBを叩き、隠されていた最終キーを呼び出した。
《Manual Override – Final Key Required》
三浦が祈るように呟く。
「それを入力すれば……!」
だが影の指揮者の声が割り込む。
「入力すれば、君自身が“弟子”であった証拠も露わになる。全ての罪が世間に晒されるぞ。それでも押すか?」
高田は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。
そして叫んだ。
「全部晒してやるよ! 俺は犯罪者だ! でも今は──この街の盾になる!」
彼の指が最後のキーを叩いた瞬間、赤いランプが一斉に消えた。
貨物ホームに沈黙が訪れ、無線から処理班の歓声が上がる。
「解除成功! 全ての装置が無効化されました!」
三浦は涙を浮かべながら声を張り上げた。
「やった……止まった!」
だがその場にいた全員が気づいた。影の指揮者の声が、もう通信には乗っていないことに。
代わりに残されたのは、不気味な沈黙だけだった。
佐伯は銃を下ろし、深く息を吐いた。
「……まだ終わっていない。奴は逃げた」
高田は椅子に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
「これで……少しは償えたのか」
彼の声には疲労と安堵、そして微かな希望が混ざっていた。
遠くで朝日が昇り、東京の街を照らし始めていた。
だが、その光の中に潜む影は、まだ完全には消えてはいなかった。
【次回予告】
第19章 余波
危機は去ったが、影は逃げた。守り切った街と、罪を背負う高田。残された者たちの胸に影は残る。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。