※この物語はフィクションです。
前回までのあらすじ: 保護者からの厳しい反発に直面した美咲。「実験台にされている」という声に心が折れそうになったが、保護者説明会で子どもたちの成長を丁寧に説明した。健太の母親や花音の母親の温かい支持を得て、佐々木PTA会長からも「検証しながら進めてください」と協力の約束を取りつけた。
今回の見どころ: 新たなテーマ「お米」で発芽カリキュラムが再始動する。今度はバケツ稲栽培という大胆な挑戦に踏み出す美咲と子どもたち。各教科での学習が有機的につながり始め、子どもたちの学びも確実に深まっていく。
説明会から一週間後、美咲は新しい挑戦を始めた。
「今度は、みんなでお米について調べてみましょう」
給食がテーマの発芽カリキュラムが軌道に乗ったところで、次のテーマに移ることにしたのだ。
「お米?」
子どもたちの反応は微妙だった。
「給食で分かったことがあります。みんな、毎日お米を食べているけれど、お米のことをどのくらい知っていますか?」
美咲は子どもたちに問いかけた。
「田んぼで作る」
「稲からできる」
子どもたちの答えは単純だった。
「じゃあ、お米ができるまでにどのくらい時間がかかるか知っていますか?一粒のお米から何粒のお米ができるか知っていますか?」
だんだん子どもたちの興味が湧いてきた。
「調べてみたい!」
健太が手を挙げた。
「国語では、お米にまつわる物語を読んだり、農家の人にお手紙を書いたりしましょう。算数では、収穫量を計算してみます。理科では、稲の育ち方を観察します。社会では、日本の農業について学習します」
美咲の説明に、子どもたちは期待を込めてうなずいた。
「そして、実際に稲を育ててみましょう」
「えー!本当に?」
教室が沸いた。
「学校に田んぼを作るんですか?」
花音が興奮して聞いた。
「さすがに田んぼは無理だけど、バケツで稲を育てることはできます。みんなで挑戦してみませんか?」
子どもたちの歓声が教室に響いた。
それから数日後、美咲は近所の農業資材店で稲の苗を購入していた。
「小学校で稲作ですか。最近、増えているんですよ」
店主が親切に説明してくれた。
「バケツ稲なら、手軽に体験できますからね。子どもたちには良い勉強になると思います」
美咲は三十二個のバケツと土、そして稲の苗を購入した。
翌日、子どもたちと一緒にバケツに土を入れ、水を張って、稲の苗を植えた。
「ちゃんと育つかな?」
健太が心配そうに苗を見つめた。
「毎日お世話すれば、きっと大きくなるよ」
花音が励ました。
「観察日記もつけましょう。どんな風に成長するか、記録していきます」
美咲の提案に、子どもたちは張り切った。
稲作が始まると、子どもたちの学習はさらに深まった。
国語の時間は、稲作を題材にした詩や物語を読んだ。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を読んで、農業の大変さについて考えた。
算数の時間は、田んぼの面積や収穫量を計算した。
「一反の田んぼから、約五俵のお米がとれるんだって」
「一俵は六十キログラム」
「じゃあ、一反から三百キログラムのお米ができるんだね」
子どもたちは自然に計算を楽しんでいた。
理科の時間は、稲の成長を観察した。
「根っこが伸びてきた」
「葉っぱが増えている」
毎日の変化を記録しながら、植物の成長について学んでいた。
社会の時間は、日本の農業について調べた。
「日本のお米の自給率は九十八パーセント」
「でも、農家の人は減っている」
「なんで?」
子どもたちは日本の農業が抱える問題に気づき始めた。
ある日の放課後、美咲は稲の様子を見に行った。
バケツの稲は順調に育っている。小さかった苗が、もうずいぶん大きくなった。
「先生」
振り返ると、健太が立っていた。
「健太くん、お疲れさま」
「先生、僕、将来農家になりたいです」
健太の突然の言葉に、美咲は驚いた。
「農家に?」
「はい。お米を作って、みんなにおいしいご飯を食べてもらいたいです」
健太の目は真剣だった。
「素敵な夢ね。でも、農業は大変よ」
「分かってます。でも、やってみたいんです」
美咲は健太の成長を感じていた。発芽カリキュラムを始める前の健太は、将来の夢なんて考えたこともなかった。
「頑張って」
美咲は健太の頭を撫でた。
第5話完
※この物語はフィクションです。登場する人物・組織名等は架空のものであり、実在の人物・企業とは関係ありません。