第二部:創造
「この街を、消滅させたくないんです」倉田市長の涙のスピーチに、全員が泣いた。結城「絶対に救います」、桜井「全力でサポートする」。5人が握手を交わす。我々欲チーム、ファイト!決戦前夜、決意の物語。
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第10章:我々欲の誕生
2026年1月18日午後10時、東京・湊戸区。
結城剛のオフィス、会議室。
5人が、深夜まで残っていた。
小林拓也、神山健二教授、桜井美咲、結城剛、高瀬麗子議員。
テーブルには、空になったピザの箱。
コーヒーカップ。
ホワイトボードには、びっしりと書き込まれたメモ。
「1月20日の説明会」まで、あと2日。
最終調整の真っ最中だった。
「プレゼンの順番、もう一度確認するわよ」
桜井が、資料を見ながら言った。
説明会の構成:
1. オープニング(5分)
- 結城から挨拶、趣旨説明
2. 地方の現状(10分)
- 倉田市長(夕焼市)が登壇
- 夕焼市の実情を語る
3. 構想の全体像(15分)
- 小林がプレゼン
- 地域創生リーグの仕組み
4. 行動経済学の視点(10分)
- 神山教授が解説
- 3万円のマイナポイントの効果
5. 財政シミュレーション(10分)
- 桜井が数字を示す
- 湊戸区と国の財政への影響
6. 政治的実現可能性(5分)
- 高瀬議員が説明
- 法案化への道筋
7. 質疑応答(30分)
8. クロージング(5分)
- 結城から、次のアクションを提示
「合計90分ね」
桜井が、時計を見た。
「長すぎるかな……」
結城が、首を振った。
「いや、これくらい必要だ」
「中途半端に短くしても、伝わらない」
神山教授が、質問した。
「小林さん、プレゼンのリハーサル、もう一度やりますか?」
小林は、頷いた。
「お願いします」
小林は、立ち上がった。
プロジェクターのリモコンを持つ。
深呼吸。
そして、始めた。
「みなさん、こんにちは」
小林の声が、会議室に響く。
「私は、北海道の夕焼市から来ました、小林拓也と申します」
スライドに、夕焼市の写真。
錆びた遊具。
閉鎖された学校。
誰もいない商店街。
「この街は、18年前に財政破綻しました」
「人口は、6,000人」
「高齢化率は、54%」
「このままでは、消滅します」
小林の声が、震えた。
結城が、じっと見ている。
桜井も。
神山教授も。
高瀬議員も。
「でも……私は、諦めません」
小林は、次のスライドを開いた。
夕焼けの写真。
オレンジ色の空。
美しい街並み。
「この夕焼けを、守りたい」
「この街の人たちを、守りたい」
「そのために……」
小林は、次のスライドを開いた。
「地域創生リーグ構想」
「スポーツリーグのように、自治体を財政力でランク分けします」
「プラチナリーグ、ゴールドリーグ、シルバーリーグ、ブロンズリーグ、チャレンジリーグ」
「豊かな自治体が、厳しい自治体を支援する」
「リーグ全体が、強くなる」
小林は、1ダース・ペアリングの図を示した。
「湊戸区は、12の自治体とペアリングします」
「夕焼市、歌山内市、風間崎村、上大阿仁村……」
「月に1回、それぞれの自治体と交流します」
「スキー、温泉、農業体験、お祭り……」
「そして……」
小林は、次のスライドを開いた。
「湊戸区のみなさんには、3万円のマイナポイントを差し上げます」
ここで、小林は止まった。
4人が、小林を見ている。
結城が、口を開いた。
「小林くん、ここが一番大事だ」
「ここで、住民の心を掴めるかどうかが決まる」
小林は、頷いた。
もう一度、深呼吸。
そして、続けた。
「みなさん、考えてみてください」
小林の声が、力強くなった。
「湊戸区は、豊かな街です」
「高層ビルが立ち並び、企業が集まり、税収も潤沢です」
「でも……それだけでいいのでしょうか?」
「日本には、1,741の自治体があります」
「その中で、241の自治体が、消滅の危機にあります」
「夕焼市のような街が、全国に241もあるんです」
「もし、これらの自治体が消滅したら……」
小林は、スライドを開いた。
日本地図。
241の赤い点。
「日本の国土の半分以上が、無人になります」
「森林は荒廃し、道路は崩れ、インフラは崩壊します」
「そして……」
小林は、次のスライドを開いた。
東京の写真。
人で溢れる街。
「東京に、さらに人が集中します」
「過密化、交通渋滞、住宅不足」
「それでも、いいのでしょうか?」
会議室が、静まり返った。
小林は、続けた。
「私は、思うんです」
「日本は、東京だけじゃない」
「地方があるから、日本がある」
「食料も、水も、自然も、すべて地方から来ています」
「だから……」
小林は、次のスライドを開いた。
「我欲を捨てて、我々欲で」
「我欲……自分だけの利益」
「我々欲……みんなの利益」
「湊戸区だけが栄えても、日本は強くなりません」
「でも、湊戸区が地方を支援すれば……」
「日本全体が、強くなります」
小林は、最後のスライドを開いた。
夕焼けの写真。
「この夕焼けを、一緒に守りませんか」
小林は、深く頭を下げた。
「ご清聴、ありがとうございました」
沈黙。
数秒間、誰も何も言わなかった。
そして。
結城が、拍手を始めた。
パチパチパチ。
桜井も。
神山教授も。
高瀬議員も。
「完璧だ」
結城が、立ち上がった。
「小林くん、これなら絶対に伝わる」
桜井が、頷いた。
「数字だけじゃない。心にも訴えかけてる」
「いいプレゼンよ」
神山教授が、微笑んだ。
「『我欲を捨てて、我々欲で』」
「このフレーズ、素晴らしい」
「シンプルで、力強い」
高瀬議員が、言った。
「政治家として言わせてもらうと……」
「このスピーチ、国会でも通用します」
小林は、涙が出そうになった。
「みなさん……ありがとうございます」
結城が、ホワイトボードに向かった。
「よし、じゃあ最後に『キャッチフレーズ』を決めよう」
「説明会のポスター、チラシ、SNSで使うやつ」
「キャッチフレーズ?」
小林が、聞いた。
結城が、頷いた。
「そう。一言で、この構想を表す言葉」
神山教授が、提案した。
「『我々欲で、日本を変える』とか?」
桜井が、首を振った。
「ちょっと抽象的」
高瀬議員が、提案した。
「『3万円で、地方を救う』は?」
結城が、首を傾げた。
「うーん、金の話が前に出すぎ」
小林が、考えた。
そして、口を開いた。
「『豊かな街と、頑張る街を、繋ぐ』」
4人が、小林を見た。
桜井が、頷いた。
「悪くない」
神山教授が、補足した。
「『繋ぐ』という言葉がいいですね」
「分断ではなく、連帯」
結城が、ホワイトボードに書いた。
「豊かな街と、頑張る街を、繋ぐ」
「でも……もうちょっとパンチが欲しいな」
結城が、考えた。
その時。
高瀬議員が、立ち上がった。
「『我々欲で、地方を救う』」
4人が、高瀬議員を見た。
高瀬議員が、続けた。
「我々欲、という新しい言葉を前に出す」
「そして、『地方を救う』という明確な目標」
「シンプルで、分かりやすい」
神山教授が、頷いた。
「いいですね」
桜井も、頷いた。
「短くて、覚えやすい」
結城が、ホワイトボードに大きく書いた。
「我々欲で、地方を救う」
5人が、じっとそれを見つめた。
「これだ……」
小林が、呟いた。
「これで、いこう」
結城が、時計を見た。
「もう11時か」
「みんな、今日はここまでにしよう」
「明後日が本番だ」
5人が、立ち上がった。
神山教授が、小林の肩を叩いた。
「小林さん、あとは自信を持って」
「あなたのプレゼンは、完璧です」
桜井が、資料を片付けながら言った。
「私たちも、全力でサポートする」
「心配しないで」
高瀬議員が、微笑んだ。
「明後日、歴史が動きます」
「楽しみにしてますよ」
結城が、小林を見た。
「小林くん、お前はもう一人じゃない」
「我々欲チーム、全員で闘う」
小林は、5人を見渡した。
神山教授。
桜井美咲。
結城剛。
高瀬麗子議員。
そして、夕焼市で待っている倉田市長。
「はい……みなさん、ありがとうございます」
小林の声が、震えた。
「絶対に、成功させます」
5人が、握手を交わした。
「我々欲チーム、ファイト!」
結城が、叫んだ。
午後11時30分。
小林は、オフィスを出た。
湊戸区の夜景。
イルミネーションが、キラキラと光っている。
小林は、スマートフォンで倉田市長に電話した。
「もしもし、倉田さん」
「おお、小林くん。もうすぐだな」
「はい。明後日です」
「緊張してるか?」
倉田が、聞いた。
小林は、微笑んだ。
「はい。でも……大丈夫です」
「みんながいますから」
倉田の声が、優しかった。
「そうか……良かった」
「小林くん、お前は一人で闘ってるんじゃない」
「俺たちも、ずっとお前を応援してる」
小林は、涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
「倉田さん、明後日、よろしくお願いします」
「ああ。任せろ」
電話が、切れた。
小林は、夜空を見上げた。
星が、輝いている。
「父さん……」
小林は、呟いた。
「俺、やり遂げるよ」
「この街を、絶対に救う」
小林は、駅に向かった。
今日は、都内のホテルに泊まる。
明日は、最終リハーサル。
そして、明後日——
1月20日。
運命の日。
小林は、歩きながら呟いた。
「我々欲で、地方を救う」
「我欲を捨てて、我々欲で」
その言葉が、小林の心に深く刻まれた。
翌日、1月19日。
午後2時、結城のオフィス。
最終リハーサルが始まった。
倉田市長も、東京に来ていた。
スーツを着て、緊張した面持ち。
「小林くん……俺、大勢の前で話すの、苦手なんだが……」
神山教授が、微笑んだ。
「大丈夫です。台本は作りません」
「倉田市長、あなたの言葉で、夕焼市のことを語ってください」
「それが、一番伝わります」
倉田は、頷いた。
「分かった……やってみる」
リハーサル開始。
倉田市長が、前に立った。
「えー、私は、夕焼市の市長をしております、倉田誠と申します」
声が、少し震えている。
「夕焼市は……北海道の小さな街です」
「人口は、6,000人」
倉田は、一度止まった。
そして、続けた。
「18年前、この街は財政破綻しました」
「炭鉱が閉山し、企業が撤退し、若者が出て行きました」
「残ったのは、高齢者ばかり」
倉田の目に、涙が浮かんできた。
「私は……この18年間、ずっとこの街を守ってきました」
「でも……どんどん衰退していきました」
「何をやっても、ダメでした」
「学校は閉鎖され、商店街はシャッター通りになり……」
「住民は、希望を失いました」
倉田は、ハンカチで目を拭いた。
「でも……」
「この街には、まだ人が住んでいます」
「高齢者が、必死に生きています」
「メロン農家が、美味しいメロンを作っています」
「子供たちが、笑顔で遊んでいます」
「この街を……消滅させたくないんです」
倉田の声が、震えた。
「どうか……助けてください」
倉田は、深く頭を下げた。
会議室が、静まり返った。
結城が、目を赤くしていた。
桜井も、ハンカチを取り出した。
神山教授も、眼鏡を外して目を拭いた。
高瀬議員も、涙を流していた。
小林は、立ち上がった。
倉田市長のところに行った。
「倉田さん……」
倉田は、顔を上げた。
「すまん……泣いちまった……」
小林は、倉田の肩を抱いた。
「いいんです。これが、倉田さんの本当の言葉です」
「明日も、これで行きましょう」
結城が、立ち上がった。
「倉田市長……」
結城の声も、震えていた。
「俺、明日、絶対に湊戸区の住民を説得します」
「あなたの街を、絶対に救います」
桜井が、頷いた。
「私も、全力でサポートする」
神山教授も、頷いた。
「我々欲チーム、全員で闘います」
倉田は、5人を見た。
「みなさん……ありがとうございます」
その夜。
小林と倉田は、ホテルのラウンジで話していた。
「明日が、勝負だな」
倉田が、コーヒーを飲みながら言った。
「はい」
「小林くん」
倉田が、小林を見た。
「お前の父さん、誠一さん……」
「きっと、天国で見てるぞ」
「お前が、こんなに頑張ってるのを」
小林は、頷いた。
「父が、託してくれたんです」
「『この街を、頼む』って」
「だから、俺は諦めません」
倉田は、微笑んだ。
「誠一さんの息子で、良かった」
二人は、窓の外を見た。
東京の夜景。
無数の光。
「明日……」
小林が、呟いた。
「我々欲が、生まれる」
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