第二部:創造
会場がすすり泣く。倉田市長「18年間守ってきたが、消滅する」。小林「父は死の間際『この街を頼む』と」。神山「3万円には科学的根拠がある」。桜井「夕焼市は8億円増える」。高瀬「4月から実施、必ず実現させる」。拍手が鳴り止まない。
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第11章:シミュレーション
2026年1月20日午前9時、東京・湊戸区民ホール。
会場には、500の椅子が並んでいた。
ステージには、大きなスクリーン。
プロジェクター。
マイク。
小林拓也は、舞台袖で深呼吸していた。
スーツを着て、資料を確認する。
手が、少し震えている。
「大丈夫……練習した通りにやれば……」
午前9時30分。
開場。
住民たちが、ぞくぞくと入ってくる。
若い夫婦。
高齢者。
ビジネスマン。
主婦。
学生。
結城剛が、舞台袖に来た。
「小林くん、客の入り、いいぞ」
「もう300人超えた」
小林の目が、輝いた。
「本当ですか?」
桜井美咲も、来た。
「メディアも来てる」
「東京報実新聞、日日経済新聞、NTV」
「それに、ネットメディアも5社」
神山健二教授も、来た。
「SNSでも話題になってますよ」
「トレンドに、『地域創生リーグ』が入ってます」
高瀬麗子議員も、来た。
「国会議員も、3人来てます」
「与党2人、野党1人」
「注目度、高いですよ」
小林は、驚いた。
「こんなに……」
倉田誠市長が、横に来た。
「小林くん、これが最後のチャンスだ」
「頑張ろう」
「はい」
午前10時。
開演。
会場が、静まり返った。
結城剛が、ステージに上がった。
「みなさん、おはようございます」
「本日は、お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます」
「私は、湊戸区で企業を経営しております、結城剛と申します」
「今日は、みなさんに、一つの提案をさせていただきます」
「『地域創生リーグ構想』です」
スクリーンに、ロゴが映し出される。
「地域創生リーグ〜地方と都会の逆転劇〜」
「この構想は、日本の地方を救うための、全く新しい仕組みです」
「スポーツリーグの知恵を借りて、自治体同士が支え合う」
「そして、日本全体が強くなる」
「詳しくは、これから説明させていただきます」
「まず、地方の現状を知っていただくために……」
「北海道・夕焼市の倉田誠市長に、お話しいただきます」
拍手。
倉田市長が、ステージに上がった。
「みなさん、おはようございます」
倉田の声が、会場に響く。
「私は、北海道の夕焼市という小さな街から来ました」
「倉田誠と申します」
スクリーンに、夕焼市の写真。
閉鎖された学校。
錆びた遊具。
誰もいない商店街。
「この街は……18年前に、財政破綻しました」
会場が、ざわついた。
「人口は、6,000人」
「高齢化率は、54%」
「自主財源は、わずか8億円」
倉田は、一度止まった。
そして、続けた。
「炭鉱が閉山し、企業が撤退し、若者が出て行きました」
「残ったのは、高齢者ばかり」
「学校は閉鎖され、商店街はシャッター通りになりました」
「私は……この18年間、市長として、この街を守ってきました」
「でも……」
倉田の声が、震えた。
「どんどん衰退していきました」
「地方交付税を申請しても、足りない」
「ふるさと納税を頑張っても、足りない」
「企業誘致を試みても、来てくれない」
「このままでは……」
倉田は、会場を見渡した。
「この街は、消滅します」
会場が、静まり返った。
「でも……」
倉田は、次のスライドを開いた。
夕焼市の人々の写真。
笑顔の高齢者。
メロン畑で働く農家。
子供たちの笑顔。
「この街には、まだ人が住んでいます」
「必死に生きています」
「メロンを作り、温泉を守り、子供を育てています」
倉田の目に、涙が浮かんできた。
「この街を……消滅させたくないんです」
「どうか……」
倉田は、深く頭を下げた。
「どうか、助けてください」
会場から、すすり泣く声が聞こえた。
若い女性が、ハンカチで目を拭いている。
高齢の男性も、目を赤くしている。
倉田は、ステージを降りた。
拍手。
大きな拍手が、会場を包んだ。
次に、小林拓也が、ステージに上がった。
「みなさん、こんにちは」
小林の声が、会場に響く。
「私は、夕焼市出身の小林拓也と申します」
「倉田市長が話した夕焼市」
「これは、私の故郷です」
「私の父は、夕焼市の元職員でした」
「財政破綻の責任を感じ、10年前に他界しました」
会場が、静まり返った。
「父は、死の間際に私に言いました」
「『拓也、この街を、頼む』」
「その言葉が、私を動かしました」
小林は、次のスライドを開いた。
日本地図。
241の赤い点。
「日本には、夕焼市のような自治体が、241あります」
「チャレンジリーグと呼ばれる、最も厳しい状況の自治体です」
「このままでは、これらの自治体は消滅します」
「しかし……」
小林は、次のスライドを開いた。
「地域創生リーグ構想」
「私たちは、新しい仕組みを考えました」
「スポーツリーグに学んだ、自治体同士の支え合いの仕組みです」
小林は、リーグの図を示した。
プラチナリーグ(20自治体) ゴールドリーグ(80自治体) シルバーリーグ(800自治体) ブロンズリーグ(600自治体) チャレンジリーグ(241自治体)
「湊戸区は、プラチナリーグです」
「日本で最も財政力のある、20の自治体の一つです」
「そして、湊戸区は、チャレンジリーグの12自治体とペアリングします」
スクリーンに、リストが映し出される。
湊戸区とペアリングする12自治体:
- 夕焼市(北海道)
- 歌山内市(北海道)
- 風間崎村(青森県)
- 上大阿仁村(秋田県)
- 津山野町(島根県)
- 吉永町(島根県)
- 大谷村(高知県)
- 馬道村(高知県)
- 二笠市(北海道)
- 東目屋村(青森県)
- 五津川村(奈良県)
- 椎木村(宮崎県)
「1ダース・ペアリング、と呼びます」
「湊戸区の住民のみなさんは、1年間で12の自治体と交流します」
「月に1回、それぞれの自治体を訪問します」
「スキー、温泉、農業体験、お祭り……」
「地方の魅力を、体験できます」
「そして……」
小林は、次のスライドを開いた。
「あなたに、3万円のマイナポイントを差し上げます」
会場が、ざわついた。
「3万円?」
「本当に?」
小林は、続けた。
「はい。湊戸区のみなさんに、3万円分のマイナポイントを差し上げます」
「その代わり、湊戸区が、12の自治体を支援します」
「支援額は、1自治体あたり20億円」
「12自治体で、240億円です」
会場から、声が上がった。
「240億円!?」
「そんな金、どこにあるんだ!?」
小林は、冷静に答えた。
「湊戸区の税収は、約4,000億円です」
「240億円は、その6%です」
「決して、無理な金額ではありません」
「そして……」
小林は、次のスライドを開いた。
「この仕組みには、大きなメリットがあります」
スライド:3つのメリット
- 湊戸区の住民
- 3万円のマイナポイント
- 12自治体との交流
- 特産品が届く
- 社会貢献の実感
- チャレンジリーグの自治体
- 20億円の支援金
- インフラ整備、産業振興
- 自立への道
- 国
- 地方交付税の削減
- 国の財政改善
- 増税不要
「つまり、みんながハッピーになる仕組みなんです」
小林は、会場を見渡した。
ここで、神山健二教授が、ステージに上がった。
「みなさん、こんにちは」
「私は、東日本大学で行動経済学を研究しております、神山健二と申します」
「今から、『なぜ3万円なのか』を、科学的に説明します」
神山教授が、スライドを開いた。
スライド:プロスペクト理論
質問:次のうち、どちらを選びますか?
A:住民税が1.8万円安くなる
B:3万円分のマイナポイントがもらえる
実験結果(被験者1,000名):
A:38%
B:62%
「Bの方が1.2万円得なのに、Aを選ぶ人もいます」
「しかし、多くの人がBを選びます」
「なぜか?」
神山教授が、説明した。
「人間は、『損失を避ける』よりも、『何かを得る』ことに、より強い喜びを感じます」
「これを、プロスペクト理論と言います」
「ノーベル経済学賞を受賞した、カーネマン博士の研究です」
「減税は、『失うはずだったお金が減る』という消極的な便益」
「給付金は、『もらえる』という積極的な便益」
「心理的な効果が、全く違うんです」
会場の人々が、頷いている。
神山教授が、続けた。
「さらに、3万円という金額にも、根拠があります」
スライド:最適金額の検証
質問:いくらなら、地方支援に賛成しますか?
1万円:賛成率45%
2万円:賛成率58%
3万円:賛成率68%
4万円:賛成率72%
5万円:賛成率74%
費用対効果:
3万円:賛成率68%、費用45億円
5万円:賛成率74%、費用75億円
→ 3万円が最適解
「5万円にしても、賛成率は6%しか上がりません」
「しかし、費用は1.7倍になります」
「コストパフォーマンスでは、3万円が最適なんです」
会場から、「なるほど」という声。
神山教授は、微笑んだ。
「そして、もう一つ重要なポイントがあります」
「提示の順番です」
スライド:フレーミング効果
パターンA:
「湊戸区が地方に240億円を支援します。
その代わり、あなたに3万円のマイナポイントを差し上げます」
→ 賛成率:52%
パターンB:
「あなたに3万円のマイナポイントを差し上げます。
その代わり、湊戸区が地方に240億円を支援します」
→ 賛成率:68%
16ポイントの差!
「同じ内容でも、順番を変えるだけで、賛成率が16%も変わります」
「人間は、最初に提示された情報に強く影響されるんです」
「これを、初頭効果と言います」
会場の人々が、驚いている。
神山教授が、最後に言った。
「つまり、この制度は、心理学に基づいて設計されています」
「住民のみなさんが、『賛成したい』と自然に思える仕組みなんです」
拍手。
神山教授は、ステージを降りた。
次に、桜井美咲が、ステージに上がった。
「みなさん、こんにちは」
「私は、元横浜野市の財務局長、現在はコンサルタントをしております、桜井美咲と申します」
「今から、数字で検証します」
桜井が、スライドを開いた。
スライド:湊戸区の財政シミュレーション
【現行制度】
湊戸区の税収:4,000億円
地方交付税:0円(不交付団体)
【新制度:マイナポイント3万円方式】
湊戸区の税収:4,000億円(変わらず)
チャレンジリーグへの支援:240億円
マイナポイント:15万人×3万円=45億円
湊戸区の実質負担:
240億円(支援)+45億円(ポイント)=285億円
しかし、地方交付税削減により:
湊戸区の地方交付税削減額:0円(元々不交付)
チャレンジリーグ12自治体の地方交付税削減:▲100億円
→ 国全体では、大幅な財政改善
「つまり、湊戸区は285億円を負担しますが……」
桜井が、次のスライドを開いた。
スライド:国全体の財政への影響
【全国展開した場合】
マイナポイント支出:
・プラチナリーグ住民:約500万人×3万円=1,500億円
・ゴールドリーグ住民:約1,000万人×2万円=2,000億円
・合計:3,500億円
地方交付税削減:
・チャレンジリーグ:▲6,000億円
・ブロンズリーグ:▲8,000億円
・合計:▲1.4兆円
国の財政への影響:
・マイナポイント支出:+3,500億円
・地方交付税削減:▲1.4兆円
・純削減:▲1.05兆円
→ 国の財政は、約1兆円改善する
会場が、ざわついた。
「1兆円!?」
「本当に!?」
桜井が、冷静に答えた。
「はい。シミュレーション上は、そうなります」
「ただし、前提条件次第で変動します」
「しかし、少なくとも数千億円規模の財政改善が見込めます」
「これは、消費税約0.4%分に相当します」
「つまり、増税なしで、財政が改善するんです」
会場から、拍手。
桜井は、続けた。
「さらに、チャレンジリーグの自治体の財政も改善します」
スライド:夕焼市の財政シミュレーション
【現状】
自主財源:8億円
地方交付税:51億円
合計:102億円(その他含む)
【新制度導入後】
自主財源:8億円
支援金:20億円(湊戸区から)
地方交付税:35億円(削減されるが、まだ受け取れる)
合計:110億円(その他含む)
→ 8億円の増加
この8億円で:
・メロンハウスの近代化:3億円
・道路・インフラ整備:2億円
・子育て支援拡充:1億円
・企業誘致活動:1億円
・貯蓄:1億円
「つまり、夕焼市は自立への道を歩み始められるんです」
桜井は、会場を見渡した。
「湊戸区の支援が、夕焼市の未来を作ります」
—
拍手。
桜井は、ステージを降りた。
—
**最後に、高瀬麗子議員が、ステージに上がった。**
—
「みなさん、こんにちは」
「私は、衆議院議員の高瀬麗子と申します」
—
「今から、政治的な実現可能性についてお話しします」
高瀬議員が、スライドを開いた。
スライド:法案化への道筋
「つまり、夕焼市は自立への道を歩み始められるんです」
桜井は、会場を見渡した。
「湊戸区の支援が、夕焼市の未来を作ります」
拍手。
桜井は、ステージを降りた。
最後に、高瀬麗子議員が、ステージに上がった。
「みなさん、こんにちは」
「私は、衆議院議員の高瀬麗子と申します」
「今から、政治的な実現可能性についてお話しします」
高瀬議員が、スライドを開いた。
スライド:法案化への道筋
ステップ1:モデル事業(2026年4月〜)
・湊戸区と12自治体で試験的に実施
・1年間の効果検証
ステップ2:法案提出(2027年1月)
・地方税法、地方交付税法の改正
・特別措置法の制定
ステップ3:国会審議(2027年3月〜)
・与野党協議
・委員会審議
ステップ4:全国展開(2027年10月〜)
・段階的に全国100自治体に拡大
・3年で全国展開完了
「つまり、今日決まれば、4月から実際に始まります」
「そして、1年後には法案化され、全国に広がります」
高瀬議員が、続けた。
「私は、青森県の小さな町出身です」
「人口5,000人。夕焼市と同じような状況です」
「だから、地方の苦しみが分かります」
「この構想を、私は国会で推します」
「与野党の議員にも、既に根回しをしています」
「必ず、実現させます」
拍手。
高瀬議員は、ステージを降りた。
再び、小林拓也が、ステージに上がった。
「みなさん、ここまでの説明、ありがとうございました」
小林が、最後のスライドを開いた。
夕焼けの写真。
オレンジ色の空。
美しい街並み。
「我欲を捨てて、我々欲で」
「我欲……自分だけの利益」
「我々欲……みんなの利益」
「湊戸区だけが栄えても、日本は強くなりません」
「でも、湊戸区が地方を支援すれば……」
「日本全体が、強くなります」
小林は、会場を見渡した。
「みなさん、考えてみてください」
「もし、地方が消滅したら……」
「食料は、誰が作るんですか?」
「水は、どこから来るんですか?」
「自然は、誰が守るんですか?」
「地方は、日本の宝です」
「その宝を、一緒に守りませんか?」
小林は、深く頭を下げた。
「どうか、ご協力をお願いします」
拍手。
大きな拍手が、会場を包んだ。
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