第三部:闘争
財務省の梶原課長「反対します」。初年度7000億円の財政悪化、プラチナリーグの負担能力への疑問、ホーソン効果の懸念。法案提出1年半延期、追加モデル事業2自治体で再挑戦。「失敗させて制度を潰すつもりかもしれない」。最大の壁。
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第14章:大河内部長の壁
2026年11月10日、東京・霞が関。
総務省自治行政局、部長室。
大河内康介部長が、窓の外を見ていた。
秋の雨が、降っている。
ノックの音。
「どうぞ」
大河内が、振り返った。
氷室徹が、入ってきた。
「部長、財務省との調整、難航しています」
氷室の表情が、暗い。
大河内は、椅子に座るよう促した。
「座れ」
氷室も、座った。
「どう難航してる?」
大河内が、聞いた。
氷室は、資料を取り出した。
財務省からの指摘事項:
- 地方交付税の削減幅が予測を下回る
- 当初予測:100億円
- 実績:65億円
- 差額:35億円
- マイナポイントの費用対効果が不明確
- 支出:38.4億円
- 効果:数値化できていない
- 全国展開時の財政リスクが大きい
- 241自治体×20億円=4,820億円
- プラチナリーグの負担能力に疑問
- 昇格・降格制度の実効性が不透明
- 降格した自治体への追加支援が必要
- 費用が膨らむ可能性
大河内は、資料を読んだ。
「確かに……厳しいな」
氷室が、続けた。
「特に、主計局の財政課長が強硬です」
「『総務省は、甘い見積もりをしている』と」
「『10年後に3.9兆円削減など、絵に描いた餅だ』と」
大河内は、腕を組んだ。
「氷室、お前はどう思う?」
氷室は、答えた。
「私は……この制度、本物だと思います」
「夕焼市を見たときに、確信しました」
「でも……」
「財務省を説得するには、データが足りない」
「5ヶ月では、短すぎる」
「せめて1年、できれば2年のデータがあれば……」
大河内は、窓の外を見た。
「しかし、来年1月には法案を提出しなければならない」
「高瀬議員が、国会で準備を進めている」
「ここで遅らせれば、モメンタムが失われる」
氷室が、頷いた。
「分かっています」
「だから、私も必死に説得しているんです」
「でも……」
その時。
ノックの音。
「どうぞ」
秘書が、入ってきた。
「部長、財務省の財政課長がお見えです」
大河内と氷室が、顔を見合わせた。
「通してくれ」
数分後。
財務省の財政課長、梶原誠一が入ってきた。
グレーのスーツ。
冷たい目。
「大河内部長、お時間いただきありがとうございます」
梶原が、椅子に座った。
「地域創生リーグの件で、お話があります」
大河内が、頷いた。
「どうぞ」
梶原は、資料を取り出した。
「結論から申し上げます」
「財務省としては、この制度の全国展開に、反対します」
部屋が、静まり返った。
氷室が、口を開いた。
「梶原課長、しかし……」
梶原が、手を上げた。
「理由を説明します」
梶原は、資料を広げた。
財務省の試算:
全国展開時の初期費用:
・支援金:241自治体×20億円=4,820億円 ・マイナポイント:プラチナリーグ500万人×3万円=1,500億円 ・ゴールドリーグ1,000万人×2万円=2,000億円 ・合計支出:8,320億円
初年度の地方交付税削減:
・楽観的予測:1,200億円 ・現実的予測:800億円
初年度の財政への影響:
・楽観的:▲7,120億円(悪化) ・現実的:▲7,520億円(悪化)
「初年度で、7,000億円以上の財政悪化です」
梶原が、冷静に言った。
「総務省は、『10年後に3.9兆円削減』と言っていますが……」
「それまでに、累積で2兆円以上の赤字が出ます」
「しかも、自治体が本当に自立できる保証はない」
「昇格・降格制度も、実効性が不透明」
「リスクが大きすぎます」
大河内が、反論した。
「しかし、モデル事業では明確な成果が出ています」
「夕焼市の自主財源は15%増加しました」
梶原が、首を振った。
「それは、短期的な効果です」
「5ヶ月で判断するのは、早計です」
「しかも、夕焼市は『成功例』として特別に注目されている」
「ホーソン効果かもしれません」
ホーソン効果: 観察されていることを意識して、普段以上の成果を出す心理現象。
氷室が、反論した。
「でも、住民の意識も変わっています」
「希望を感じる人が、80%に達しました」
梶原が、答えた。
「それは、心理的な効果であって、財政的な効果ではありません」
「我々は、数字で判断しなければならない」
「感情では、予算は組めません」
大河内は、黙った。
梶原が、続けた。
「さらに、もう一つ問題があります」
「プラチナリーグの負担能力です」
梶原は、別の資料を示した。
プラチナリーグの財政状況:
20自治体の平均:
・税収:約3,000億円 ・支援額:240億円(12自治体×20億円) ・負担率:8%
しかし、実際には:
・湊戸区:税収4,000億円、負担率6%(余裕あり) ・他の自治体:税収1,500〜2,500億円、負担率10〜16%(厳しい)
全国展開すると:
・負担に耐えられない自治体が出る ・制度が崩壊する可能性
「つまり、湊戸区は特別なんです」
梶原が、説明した。
「税収が4,000億円もある自治体は、少ない」
「他のプラチナリーグ自治体は、もっと苦しい」
「全国展開は、無理です」
大河内が、考え込んだ。
氷室が、質問した。
「では、どうすればいいんですか?」
「このまま、夕焼市を見捨てるんですか?」
梶原が、答えた。
「見捨てるわけではありません」
「しかし、この制度ではない方法を考えるべきです」
「例えば、従来の地方交付税を増額する」
「あるいは、企業誘致の補助金を拡充する」
氷室が、声を荒げた。
「それじゃ、何も変わらない!」
「従来の方法は、すべて試して、失敗したんです!」
「だから、新しい方法が必要なんです!」
梶原が、冷たく言った。
「新しければ、いいというわけではありません」
「財政的に持続可能でなければ、意味がない」
部屋が、重い空気に包まれた。
大河内が、口を開いた。
「梶原課長、一つ提案があります」
梶原が、大河内を見た。
「何でしょうか?」
「モデル事業を、もう半年延長させてください」
大河内が、言った。
「1年間のデータでは足りないというなら、1年半にします」
「その間に、追加のデータを集めます」
梶原が、考えた。
「……1年半でも、短い気がしますが」
「しかし、検討の余地はあります」
「ただし、条件があります」
梶原が、続けた。
「追加で、2つの自治体でモデル事業を実施してください」
「湊戸区以外のプラチナリーグ自治体で」
「そして、失敗例も含めて、すべてのデータを開示してください」
大河内が、頷いた。
「分かりました」
「それで、財務省は法案化を検討してくれますか?」
梶原が、答えた。
「1年半後のデータ次第です」
「約束はできません」
大河内は、手を差し出した。
「それで結構です」
「ありがとうございます」
梶原も、握手を返した。
「では、追加のモデル事業、よろしくお願いします」
梶原は、部屋を出た。
部屋に、大河内と氷室だけが残った。
氷室が、ため息をついた。
「1年半……」
「法案提出が、延期になります」
大河内が、頷いた。
「仕方ない」
「財務省を説得するには、もっとデータが必要だ」
「でも……」
氷室が、不安そうに言った。
「高瀬議員は、来年1月の国会提出を予定しています」
「延期を伝えたら、どうなるか……」
大河内が、立ち上がった。
「私が、説明する」
「高瀬議員にも、小林さんたちにも」
その夜、午後7時。
結城剛のオフィス、会議室。
我々欲チームの6人が集まった。
小林拓也、神山健二教授、桜井美咲、結城剛、高瀬麗子議員、そして氷室徹。
大河内康介部長も、来ていた。
「みなさん、お集まりいただき、ありがとうございます」
大河内が、口を開いた。
「今日は、厳しい報告があります」
6人が、緊張した。
大河内は、今日の財務省とのやり取りを説明した。
梶原課長の反対。
初年度7,000億円の赤字予測。
プラチナリーグの負担能力への疑問。
そして、モデル事業の延長。
「つまり、法案提出は、延期になります」
大河内が、頭を下げた。
「申し訳ありません」
会議室が、静まり返った。
高瀬議員が、口を開いた。
「1年半……」
「来年1月ではなく、再来年の夏以降……」
結城が、机を叩いた。
「くそ!」
「せっかく、ここまで来たのに!」
桜井が、冷静に言った。
「でも、仕方ないわ」
「財務省を説得できなければ、予算が通らない」
「法案だけ通っても、意味がない」
神山教授が、大河内を見た。
「部長、追加のモデル事業は、どこでやるんですか?」
大河内が、答えた。
「湊戸区以外のプラチナリーグ自治体、2つです」
「まだ、決まっていません」
「候補を探しています」
小林が、質問した。
「その2つの自治体でも、成功させないといけないんですね……」
大河内が、頷いた。
「はい。しかも、すべてのデータを開示しなければなりません」
「失敗例も含めて」
「つまり……」
小林が、呟いた。
「失敗するリスクもある、ということですね」
大河内が、頷いた。
「その通りです」
「財務省は、わざと厳しい条件を出しています」
「失敗させて、この制度を潰すつもりかもしれません」
会議室が、重い空気に包まれた。
その時。
氷室が、立ち上がった。
「私、候補を探します」
全員が、氷室を見た。
「プラチナリーグの20自治体、すべてに連絡します」
「そして、協力してくれる自治体を見つけます」
「必ず、成功させます」
大河内が、氷室を見た。
「氷室……お前、本気か?」
氷室が、頷いた。
「はい。私、島根の故郷を救いたいんです」
「そのためには、この制度が必要なんです」
小林が、立ち上がった。
「氷室さん、私も協力します」
「一緒に、自治体を回りましょう」
結城も、立ち上がった。
「俺も行く」
「経営者の視点で、説得する」
桜井も、立ち上がった。
「私も。財政シミュレーションを作り直す」
神山教授も、立ち上がった。
「私も。行動経済学の知見を提供します」
高瀬議員も、立ち上がった。
「私も。政治家として、自治体にアプローチします」
大河内は、6人を見た。
「みなさん……」
小林が、言った。
「大河内部長、我々欲チームは諦めません」
「1年半延期になっても、必ず成功させます」
「全国展開まで、必ず辿り着きます」
大河内は、微笑んだ。
「分かった」
「では、私も全力でバックアップする」
大河内も、立ち上がった。
7人が、円陣を組んだ。
「我々欲チーム、闘い続けよう」
小林が、言った。
「おう!」
みんなが、声を合わせた。
その夜。
小林は、ホテルの部屋で夕焼市に電話した。
倉田市長が、出た。
「もしもし、小林くん。どうだった?」
小林は、今日の出来事を説明した。
財務省の反対。
法案提出の延期。
追加のモデル事業。
「そうか……」
倉田の声が、沈んだ。
「延期か……」
「でも、諦めません」
小林が、力強く言った。
「1年半延期になっても、必ず全国展開まで辿り着きます」
「我々欲チーム、全員で闘います」
倉田は、微笑んだ。
「ああ、分かってる」
「お前たちなら、できる」
「俺たちも、夕焼市で頑張る」
「必ず、成果を出す」
「ありがとうございます」
小林は、窓の外を見た。
東京の夜景。
「倉田さん、もう少し時間がかかります」
「でも……必ず、やり遂げます」
「ああ。信じてるよ」
倉田の声が、優しかった。
電話を切る。
小林は、ノートを開いた。
やるべきこと:
- プラチナリーグ20自治体のリスト作成
- 各自治体の財政状況調査
- 協力してくれる自治体を見つける
- モデル事業の設計
- 1年半後の成功
「長い闘いになる……」
小林は、呟いた。
「でも、諦めない」
窓の外。
雨が、降り続いている。
しかし、小林の心には、炎が燃えていた。
