第一部:絶望
総務省で待っていたのは「無理です」の一言。氷室、大河内という官僚との緊張感ある対話。理想だけでは政治は動かない――データと数字で証明せよ。地方創生の厳しい現実に直面する小林の闘いが始まる。第2章
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第2章:冷たい現実
2025年11月、東京・霞が関。
小林拓也は、総務省の重厚な扉の前に立っていた。
グレーのスーツ。
黒い革靴。
手には、A4サイズのファイル。
「自治体財政リーグ構想」と書かれた資料が入っている。
小林は、深呼吸した。
そして、ドアをノックした。
総務省自治行政局。
ここが、地方自治体の財政を管轄する部署。
地方交付税の配分。
財政破綻団体の監督。
地方創生政策の立案。
すべてを、ここが決める。
小林は、受付で名前を告げた。
「夕焼市から来ました、小林拓也です。氷室様に、お時間をいただいています」
受付の女性が、電話をかける。
「少々お待ちください」
10分後。
廊下の奥から、一人の男が現れた。
氷室徹。
総務省自治行政局の課長補佐。
東大法学部卒。
キャリア官僚。
痩せた体。
鋭い目。
表情は、硬い。
「小林さんですね。氷室です」
握手を交わす。
氷室の手は、冷たかった。
「こちらへどうぞ」
氷室は、小さな会議室に案内した。
窓のない部屋。
長いテーブル。
パイプ椅子。
いかにも「お役所」の会議室。
小林は、椅子に座った。
氷室も、向かい側に座る。
「それで……何の御用でしょうか」
氷室は、手帳を開いた。
ペンを構える。
事務的な口調。
小林は、ファイルを開いた。
「夕焼市の財政について、ご相談があります」
氷室は、頷いた。
「夕焼市……財政再生団体ですね」
「はい」
小林は、資料を取り出した。
夕焼市の財政状況:
- 人口:6,000人
- 高齢化率:54.4%
- 自主財源:8億円
- 地方交付税:51億円
- 歳入合計:102億円
氷室は、資料に目を通した。
「それで?」
「地方交付税を、増やしていただけないでしょうか」
小林は、言った。
氷室の表情が、変わらない。
「無理です」
即答だった。
小林は、身を乗り出した。
「でも、このままでは夕焼市は……」
「消滅するでしょうね」
氷室は、淡々と言った。
「人口が減り続ければ、いずれそうなります」
「だから、支援を……」
「できません」
氷室は、手帳を閉じた。
「小林さん、分かってください」
氷室は、言った。
「地方交付税の総額は、約9兆円。これを全国1,741自治体で分け合っています」
「はい……」
「夕焼市だけ、特別扱いはできません」
氷室は、立ち上がった。
「それに、財源がない。国の財政も厳しいんです」
小林は、必死に食い下がった。
「でも、何か方法が……」
「ありません」
氷室は、ドアに手をかけた。
「申し訳ありませんが、これ以上は難しい」
小林は、立ち上がった。
「待ってください!」
氷室は、振り返った。
小林は、別の資料を取り出した。
「実は、こんな構想を考えてきました」
「自治体財政リーグ構想」
氷室は、眉をひそめた。
「……リーグ?」
「はい。スポーツリーグのように、自治体を財政力でランク分けして……」
小林は、説明を始めた。
自治体財政リーグ構想:
- 全国の自治体を、財政力に応じて5つのリーグに分類
- Aリーグ(最強)、Bリーグ(強豪)、Cリーグ(中堅)、Dリーグ(弱小)
- AリーグとBリーグの自治体が、税収の一部を拠出
- Dリーグの自治体を支援
- メジャーリーグの贅沢税と同じ仕組み
氷室は、資料を受け取った。
パラパラとめくる。
「……面白い発想ですね」
氷室は、言った。
小林の目が、輝いた。
「本当ですか?」
「でも、無理です」
氷室は、資料を返した。
「なぜですか?」
小林は、食い下がった。
「現行法では、自治体間の直接的な財政移転は認められていません」
「法律を変えれば……」
「誰が変えるんですか?」
氷室は、冷たく言った。
「国会議員ですか?官僚ですか?そもそも、誰がこの制度に賛成するんですか?」
小林は、言葉に詰まった。
氷室は、続けた。
「湊戸区や千谷田区の住民が、なぜ地方に税金を送る必要があるんですか?」
「それは……」
「メリットがない。だから、賛成しない」
氷室は、ドアを開けた。
「小林さん、理想論では政治は動きません」
小林は、立ち尽くした。
氷室は、廊下に出た。
「お疲れ様でした」
ドアが、閉まる。
小林は、一人、会議室に残された。
数分後。
小林は、会議室を出た。
廊下を歩く。
エレベーターに乗る。
1階のロビーに降りる。
外に出る。
霞が関の街。
高層ビルが立ち並ぶ。
スーツ姿の人々が、忙しそうに歩いている。
小林は、歩道に立った。
風が、頬を撫でる。
「無理、か……」
呟いた。
小林は、スマートフォンを取り出した。
倉田市長に電話する。
「もしもし、倉田さん」
「おお、小林くん。どうだった?」
小林は、ため息をついた。
「……ダメでした」
「そうか……」
電話の向こうで、倉田も溜息をついた。
「やっぱり、無理なんだな」
「すみません」
小林は、言った。
「いや、君が悪いわけじゃない」
倉田は、優しく言った。
「国に期待する方が、間違ってるんだ」
「でも……」
「気にするな。君は、よくやってくれた」
電話が、切れた。
小林は、スマートフォンをポケットにしまった。
空を見上げる。
灰色の雲。
「俺には……何もできない」
力なく、呟いた。
その時。
背後から、声がした。
「小林さん!」
小林は、振り返った。
氷室が、走ってきていた。
「え……?」
氷室は、息を切らしていた。
「すみません……さっきは、きつい言い方をしました」
「いえ……」
氷室は、名刺を差し出した。
「もし、本気でこの構想を進めるなら……一度、上司に会ってください」
小林は、名刺を受け取った。
総務省自治行政局 財政課長 大河内康介
「大河内部長……?」
小林は、氷室を見た。
氷室は、頷いた。
「部長は厳しい人ですが……話だけは聞いてくれるかもしれません」
「本当ですか?」
「約束はできません。でも……」
氷室は、小林の目を見た。
「小林さんの熱意は、伝わりました」
小林は、名刺を握りしめた。
「ありがとうございます」
氷室は、微笑んだ。
「頑張ってください」
そして、霞が関の建物に戻っていった。
小林は、名刺を見つめた。
大河内康介。
「もう一度……チャンスが来た」
小林は、呟いた。
「まだ、終わってない」
翌日。
小林は、再び霞が関を訪れた。
今度は、大河内部長に会うため。
受付で名前を告げる。
「夕焼市から来ました、小林拓也です」
「少々お待ちください」
15分後。
氷室が現れた。
「小林さん、こちらへ」
案内されたのは、昨日よりも大きな会議室。
窓がある。
皇居が見える。
「部長は、もうすぐ来ます」
氷室は、そう言って部屋を出た。
小林は、窓の外を見た。
皇居の緑。
堀。
石垣。
「ここが、日本の中枢か……」
呟いた。
ドアが開いた。
一人の男が入ってきた。
大河内康介
総務省自治行政局の財政課長。
グレーの髪。
太い眉。
鋭い目。
威圧感がある。
「小林さんですね」
大河内は、握手をせず、椅子に座った。
「座りなさい」
小林も、座った。
大河内は、机の上に資料を広げた。
「氷室から聞いてます。自治体財政リーグ構想、でしたね」
「はい」
小林は、頷いた。
大河内は、資料をめくった。
「面白い発想だ」
小林の心臓が、高鳴った。
「本当ですか?」
「でも、無理だ」
大河内は、資料を閉じた。
「なぜですか?」
小林は、身を乗り出した。
「理由は3つある」
大河内は、指を折った。
「第一に、前例がない」
「前例がなくても……」
「第二に、リスクが大きすぎる」
大河内は、小林の言葉を遮った。
「どんなリスクですか?」
小林は、聞いた。
大河内は、窓の外を見た。
「もし、この制度を導入して失敗したら、誰が責任を取る?」
「私が……」
「あなた?」
大河内は、小林を見た。
「あなたは、ただの一市民だ。責任なんて取れない」
小林は、言葉に詰まった。
大河内は、続けた。
「第三に、財源だ」
「財源は、AリーグとBリーグの自治体が……」
「拠出する?」
大河内は、冷笑した。
「誰が賛成する?湊戸区の住民が、夕焼市に税金を送ることに賛成すると思うか?」
小林は、黙った。
大河内は、立ち上がった。
「小林さん、分かってください」
「行政は、リスクを取れない」
「前例のないことは、できない」
「それが、お役所の仕事だ」
小林は、立ち上がった。
「でも……このままでは、夕焼市は消滅します」
「それは、夕焼市の問題だ」
大河内は、冷たく言った。
「財政破綻したのは、夕焼市の自己責任」
「国が、何でもかんでも助けるわけにはいかない」
小林は、拳を握りしめた。
「自己責任……ですか」
「そうだ」
大河内は、ドアに手をかけた。
「小林さん、理想を語るのは結構。でも、現実はそう甘くない」
小林は、机を叩いた。
「バン!」
大河内が、振り返った。
「夕焼市の人たちは、必死に生きてるんです!」
小林の声が、会議室に響いた。
「誰も好きで財政破綻したわけじゃない!」
「炭鉱が閉山して、企業が撤退して、若者が出て行って……」
「それでも、残った人たちは、この街を愛してるんです!」
大河内は、黙って聞いていた。
小林は、続けた。
「父は、財政課長でした。破綻の責任を感じて、死ぬまで苦しんでいた」
「でも、父だって……誰だって、この街を救いたかった」
「それなのに……」
小林の声が、震えた。
「それなのに、自己責任だと切り捨てるんですか?」
会議室に、沈黙が流れた。
大河内は、腕を組んだ。
「……小林さん」
「はい」
「気持ちは分かる」
大河内は、椅子に座り直した。
「でも、感情では政治は動かない」
小林は、座った。
大河内は、窓の外を見た。
「私だって、地方出身だ。島根県の小さな町」
「人口1万人。高齢化率50%超」
「小林さんの夕焼市と、同じだ」
小林は、大河内を見た。
大河内は、続けた。
「だから、分かるんだ。地方の苦しみが」
「でも……だからこそ、分かる」
「理想だけでは、何も変わらない」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
小林は、聞いた。
大河内は、小林を見た。
「データだ」
「データ……?」
「そうだ」
大河内は、資料を指差した。
「この構想、発想は面白い。でも、数字が足りない」
「どんな数字ですか?」
「費用対効果。財政シミュレーション。国民の同意率」
大河内は、一つ一つ指を折った。
「これらを、具体的な数字で示せ」
小林は、メモを取り始めた。
大河内は、続けた。
「湊戸区が税収の何%を拠出すれば、夕焼市の財政がどう改善するか」
「国の地方交付税が、どれだけ削減できるか」
「湊戸区民が、どれだけ賛成するか」
「これらを、すべて数字で示せ」
「そうすれば……」
小林は、大河内を見た。
大河内は、頷いた。
「検討する」
「本当ですか?」
「約束はしない。でも、データが揃えば、上に報告はする」
小林は、立ち上がった。
「ありがとうございます!」
大河内は、手を上げた。
「まだ礼を言うのは早い」
「データを作るのは、簡単じゃない」
「専門家の協力が必要だ」
小林は、頷いた。
「分かりました。必ず、データを揃えます」
大河内は、立ち上がった。
「期待してる」
そして、会議室を出た。
小林は、一人、窓の外を見た。
皇居の緑が、風に揺れている。
「データ……」
呟いた。
「誰に、協力を頼めばいい?」
小林は、スマートフォンを取り出した。
ネットで検索する。
「地方財政 専門家」
「財政シミュレーション コンサルタント」
いくつかの名前が出てくる。
しかし、どれも大手のシンクタンク。
「こんなところ、相手にしてくれるわけがない……」
小林は、ため息をついた。
そして、別の検索をした。
「地方創生 セミナー 東京」
いくつかのイベントがヒットした。
「これだ……」
小林は、一つのセミナーをクリックした。
「地方創生フォーラム2025」
- 日時:11月20日(土)13:00〜17:00
- 場所:東京国際フォーラム
- 参加費:無料
- 内容:地方創生の先進事例、専門家パネルディスカッション
「ここなら……誰か、協力してくれる人がいるかもしれない」
小林は、申し込みボタンを押した。
小林は、霞が関を後にした。
地下鉄に乗る。
車窓から、東京の街が流れていく。
高層ビル。
ネオン。
人、人、人。
「ここには、金がある」
小林は、呟いた。
「夕焼市には、ない」
「でも……」
小林は、スマートフォンを握りしめた。
「諦めない」
「必ず、この街を救う」
「父が託してくれた、この街を」
電車が、駅に滑り込んだ。
ドアが開く。
小林は、立ち上がった。
そして、人混みの中に消えていった。
