第一部:絶望
深夜のスポーツニュースが全てを変えた。メジャーリーグの贅沢税——強いチームが弱いチームを支える仕組み。ヤンキースの70億円が弱小チームを救う。自治体でも同じことができるはず。小林が東京国際フォーラムに賭ける。第4章。
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第4章:メジャーリーグの啓示
2025年11月19日深夜、夕焼市。
小林拓也は、パソコンの画面を見つめていた。
時計は、午前1時を回っている。
目が、霞んできた。
「今日は……もう限界だな」
小林は、椅子から立ち上がった。
キッチンに行く。
冷蔵庫を開ける。
缶ビールが、1本だけ残っていた。
小林は、それを取り出した。
プシュッと音を立てて開ける。
リビングに戻る。
ソファに座る。
テレビをつける。
深夜のスポーツニュース。
「はい、続いてメジャーリーグの話題です」
アナウンサーの声。
小林は、何気なく画面を見た。
ニューヨーク・ヤンキースの年俸総額、350億円。 贅沢税として、90億円を支払い。
「贅沢税……?」
小林は、ビールを飲む手を止めた。
画面には、ヤンキースタジアムの映像。
解説者が語る。
「メジャーリーグには『贅沢税』という制度があります」
「年俸総額が一定の基準を超えたチームは、超過分に課税されます」
「その税金は、小規模市場のチームに分配されるんです」
小林は、テレビに近づいた。
「待って……今、何て言った?」
解説者は、続ける。
「この仕組みによって、ヤンキースのような金満球団だけが勝つのではなく、」
「小さな市場のチームも競争力を保てるんです」
「リーグ全体のバランスを保つための、素晴らしい制度ですね」
小林の心臓が、高鳴った。
「これだ……」
呟いた。
「これだ!」
小林は、スマートフォンを取り出した。
検索する。
「メジャーリーグ 贅沢税 仕組み」
いくつもの記事が出てくる。
小林は、一つをクリックした。
メジャーリーグの贅沢税(Luxury Tax / Competitive Balance Tax)
概要: 年俸総額が一定の基準額(2024年は約360億円)を超えたチームに課税。 超過額に応じて、初年度20%、2年目30%、3年目50%+上限60%の税率。
税金の使い道:
- 小規模市場のチーム(タンパベイ・レイズ、ミルウォーキー・ブルワーズなど)への分配金
- 選手の福利厚生基金
- マイナーリーグの育成費用
効果:
- 金満球団の独走を抑制
- 弱小チームの底上げ
- リーグ全体の競争力向上
小林は、記事を読み終えた。
「これだ……まさに、これだ」
小林は、立ち上がった。
「自治体も、同じじゃないか」
小林は、部屋を歩き回った。
「豊かな自治体が、税収の一部を拠出する」
「それを、厳しい自治体に分配する」
「リーグ全体が強くなる」
小林は、ノートを開いた。
ペンを走らせる。
自治体版贅沢税:
- 湊戸区、千谷田区など、税収が豊かな自治体が拠出
- 夕焼市など、財政が厳しい自治体に分配
- 日本全体の自治体が元気になる
「これなら……いける!」
小林は、再びスマートフォンで検索した。
「メジャーリーグ 分配金 金額」
具体例(2023年シーズン):
ニューヨーク・ヤンキース:
- 年俸総額:350億円
- 基準額超過:113億円
- 贅沢税:約70億円
タンパベイ・レイズ(受け取る側):
- 年俸総額:90億円
- 分配金受取:約15億円
「15億円……」
小林は、呟いた。
「これだけあれば、選手を補強できる」
「弱小チームも、戦える」
小林は、夕焼市の財政を思い出した。
夕焼市の自主財源:8億円
「もし、15億円の支援があったら……」
小林は、計算し始めた。
仮に、15億円の支援を受けた場合:
- 自主財源:8億円
- 支援金:15億円
- 地方交付税:削減されるが、それでも……
- 合計:大幅に改善
「これなら、インフラ整備も、福祉の充実もできる」
小林の目が、輝いた。
小林は、さらに検索を続けた。
「スポーツリーグ 財政調整 仕組み」
他のスポーツリーグの事例:
NFL(アメリカンフットボール):
- テレビ放映権収入を全チームで均等分配
- 最弱チームも、最強チームと同じ収入
Jリーグ(日本サッカー):
- 放映権収入の一部を、全クラブに均等分配
- 昇格・降格制度で、競争を促進
「そうか……」
小林は、呟いた。
「スポーツは、昔からこういう仕組みを持ってるんだ」
「強いチームだけじゃ、リーグは成り立たない」
「弱いチームも、育成チームも、全部必要」
「みんなで支え合うから、リーグ全体が強くなる」
小林は、窓の外を見た。
夜空に、星が光っている。
「自治体も……同じはずだ」
小林は、呟いた。
「東京だけが栄えても、日本は成り立たない」
「地方も必要だ」
「みんなで支え合わないと……」
小林は、再びノートに向かった。
書き始める。
自治体財政リーグ構想(改訂版):
1. リーグ分け
- Aリーグ:湊戸区、千谷田区など(最強)
- Bリーグ:横浜野市、逢坂市など(強豪)
- Cリーグ:一般的な地方都市(中堅)
- Dリーグ:過疎化が進む自治体(弱小)
2. 拠出と分配
- AリーグとBリーグが、税収の一部を拠出
- Dリーグに分配
- メジャーリーグの贅沢税と同じ仕組み
3. インセンティブ
- 頑張ったDリーグは、Cリーグに昇格
- サボったCリーグは、Dリーグに降格
- サッカーの昇格・降格と同じ
小林は、書き終えた。
時計を見る。
午前3時。
「まだ……足りない」
小林は、呟いた。
「大河内部長が言ってた」
「データを示せ、と」
「費用対効果、財政シミュレーション、住民の同意率」
「これらを、数字で示さないと……」
小林は、パソコンを開いた。
Excelを立ち上げる。
「試算してみよう」
湊戸区の税収:約4,000億円(推定)
「もし、湊戸区が税収の10%を拠出したら……」
- 4,000億円 × 10% = 400億円
「これを、20の自治体に分配したら……」
- 400億円 ÷ 20 = 20億円/自治体
「20億円……」
小林は、呟いた。
「夕焼市の自主財源の、2.5倍だ」
「これだけあれば……」
小林は、夕焼市の財政をシミュレーションした。
現状:
- 自主財源:8億円
- 地方交付税:51億円
- 合計:102億円(その他含む)
支援を受けた場合:
- 自主財源:8億円
- 支援金:20億円
- 地方交付税:削減されて30億円程度?
- 合計:約90億円(その他含む)
「あれ……減ってる?」
小林は、首を傾げた。
「地方交付税が削減されたら、トータルで減るのか……」
小林は、考えた。
「地方交付税の削減幅を、もっと小さくしないと……」
「それとも、支援金をもっと増やすか……」
「でも、湊戸区の負担が大きくなりすぎる」
小林は、頭を抱えた。
「難しい……」
「やっぱり、専門家の力が必要だ」
小林は、明日のフォーラムのことを思い出した。
登壇者:
- 神山健二教授(行動経済学)
- 桜井美咲(元横浜野市財務局長)
- 結城剛(湊戸区の経営者)
- 高瀬麗子(衆議院議員)
「この人たちに……相談してみよう」
小林は、決意した。
小林は、プレゼン資料を作り始めた。
PowerPoint。
スライドを作る。
スライド1:表紙
自治体財政リーグ構想
〜スポーツに学ぶ、地方創生の新しい形〜
提案者:小林拓也
スライド2:現状の問題
地方の消滅危機
・人口減少
・高齢化
・財政破綻
従来の施策の限界
・地方交付税:財源不足
・ふるさと納税:不安定
スライド3:メジャーリーグの贅沢税
強いチームが、弱いチームを支える
→リーグ全体が強くなる
自治体も同じはず
小林は、スライドを作り続けた。
気づけば、外が明るくなっていた。
窓の外を見る。
朝日が、昇り始めている。
「もう……朝か」
小林は、時計を見た。
午前6時。
「2時間だけ、寝よう」
小林は、ソファに横になった。
しかし、眠れなかった。
頭の中で、アイデアが渦巻いている。
リーグ制度。
贅沢税。
分配金。
昇格・降格。
「これなら……いけるかもしれない」
小林は、呟いた。
「今日のフォーラムで……誰かに認めてもらえたら」
「大河内部長に、データを提出できる」
「そうすれば……」
小林は、父の写真を見た。
「父さん……見ててくれ」
「今日が、勝負だ」
午前8時。
小林は、シャワーを浴びた。
スーツに着替える。
鏡を見る。
目の下に、クマができている。
「まあ……仕方ない」
小林は、鞄にノートパソコンを入れた。
プレゼン資料。
名刺。
ボールペン。
「よし……行こう」
午前9時。
小林は、夕焼市を出発した。
バスで駅まで。
特急列車で札場へ。
飛行機で東京へ。
午後1時、東京国際フォーラム。
小林は、会場の入口に立っていた。
高い天井。
ガラス張りの壁。
人、人、人。
「すごい人だ……」
受付で、名前を告げる。
「小林拓也です」
「はい、お待ちしておりました。こちらの名札をお付けください」
名札を受け取る。
小林拓也 夕焼市
小林は、会場に入った。
大ホール。
1,000人以上が座っている。
ステージには、4人の登壇者。
神山健二教授。 桜井美咲。 結城剛。 高瀬麗子議員。
「この人たちに……話を聞いてもらえるだろうか」
小林は、不安になった。
しかし。
「やるしかない」
小林は、席に座った。
午後1時30分。
フォーラムが始まった。
司会者が、登壇者を紹介する。
「それでは、パネルディスカッションを始めます」
「テーマは『地方創生の未来』です」
小林は、メモを取る準備をした。
ノートを開く。
ペンを構える。
「今日は……必ず、何かを掴む」
小林は、決意した。
