第二部:創造
241自治体を支援すると圧倒される。しかし「1ダース=12自治体」なら?認知心理学のマジカルナンバーと文化的親しみやすさ。結城の閃きが生んだ「1ダース・ペアリング」。月1回の交流で顔の見える関係を。アンケート賛成率68%。
※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
第7章:1ダースの閃き
2025年12月10日午後2時、東京・湊戸区。
結城剛のオフィス、会議室。
5人が、再び集まった。
小林拓也、神山健二教授、桜井美咲、結城剛、高瀬麗子議員。
テーブルには、大量の資料が広げられていた。
小林が用意した夕焼市の財政データ。
桜井が作成した財政シミュレーション。
神山教授の行動経済学レポート。
結城のアンケート結果。
高瀬議員の法制度メモ。
桜井が、口火を切った。
「じゃあ、始めましょう。時間は17時まで。効率的にいくわよ」
「まず、小林さん。データは揃った?」
小林は、ノートパソコンを開いた。
「はい。D2リーグ241自治体の全リストと、夕焼市の詳細財政データです」
プロジェクターに映し出される。
D2リーグ241自治体リスト(一部抜粋):
北海道:夕焼市、歌志内市、三笠市…
青森県:風間浦村、西目屋村…
秋田県:上小阿仁村…
島根県:津和野町、吉賀町…
高知県:大川村、馬路村…
(以下省略)
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桜井が、リストを見た。
「241……多いわね」
神山教授が、頷いた。
「日本全体の約14%です。深刻な状況ですね」
結城が、質問した。
「で、このD2リーグを、Aリーグが支援するんだよな?」
「Aリーグって、何自治体あるんだ?」
小林が、答えた。
「20自治体です」
「湊戸区、千谷田区、中区、渋谷区、世田谷区……」
桜井が、遮った。
「待って。20対241?」
「比率が悪すぎる」
「1自治体が、12自治体を支援することになる」
小林は、頷いた。
「はい。だから、1自治体あたり約20億円の支援金が必要です」
結城が、口笛を吹いた。
「20億×12自治体=240億円か。湊戸区だけで」
「重いな……」
神山教授が、眼鏡を直した。
「問題は、住民の心理的負担です」
「『12自治体を支援する』と聞くと、『多すぎる』と感じる」
「認知負荷が高すぎます」
沈黙が流れた。
5人が、考え込む。
その時。
結城が、突然立ち上がった。
「待てよ……12か」
「12……」
結城は、ホワイトボードに向かった。
「12って、何かに似てないか?」
結城が、ペンを取った。
「1年は……12ヶ月」
「1ダースは……12個」
「干支も……12種類」
桜井が、首を傾げた。
「だから?」
結城が、振り返った。
「つまり、12って数字は人間にとって『ちょうどいい』んじゃないか?」
「多すぎず、少なすぎず」
「管理しやすい」
神山教授の目が、輝いた。
「結城さん、その通りです!」
「認知心理学で『マジカルナンバー』という概念があります」
「人間が短期記憶で管理できる情報量は、7±2個」
「つまり、5〜9個が最適」
「しかし、『1ダース=12』という文化的単位を使えば、認知負荷を下げられます」
小林が、身を乗り出した。
「どういうことですか?」
神山教授が、説明した。
「例えば、『241自治体を支援してください』と言われると、圧倒される」
「しかし、『1ダース=12自治体を支援してください』と言われると、『なんとかなりそう』と感じる」
「フレーミング効果です」
桜井が、電卓を叩いた。
「241÷20=12.05」
「ほぼ、ぴったり1ダースね」
「偶然とは思えないわ」
結城が、興奮した。
「じゃあさ、これを制度の名前にしようぜ!」
「『1ダース・ペアリング』」
「1つのAリーグ自治体が、1ダース=12のD2リーグ自治体を支援する」
高瀬議員が、頷いた。
「分かりやすい。覚えやすい」
「国会で説明するときも、使えます」
神山教授が、微笑んだ。
「秀逸なネーミングです」
小林が、メモを取った。
1ダース・ペアリング:
– Aリーグ1自治体 → D2リーグ12自治体
– 認知負荷を下げる
– 文化的に親しみやすい
「これなら……住民も受け入れやすい」
桜井が、質問した。
「で、この12自治体との関係をどう作るの?」
「ただ金を送るだけ?」
結城が、答えた。
「いや、交流するんだよ」
「例えば、湊戸区の住民が1年間で12自治体を訪問する」
「月に1回、1自治体」
神山教授が、頷いた。
「素晴らしい。『顔の見える関係』を作ることで、支援の実感が湧きます」
「社会的つながりが、継続的な支援の動機になります」
小林が、アイデアを出した。
「例えば……」
「1月:夕焼市でスキー体験」
「2月:別の自治体で温泉」
「3月:また別の自治体で農業体験」
「毎月、違う自治体と交流する」
結城が、膝を叩いた。
「それだ!」
「湊戸区の住民にとっても、楽しいイベントになる」
「単なる『税金を取られる』じゃなくて、『地方と繋がれる』体験になる」
桜井が、質問した。
「でも、全員が参加するわけじゃないでしょ?」
「参加率をどう見積もる?」
神山教授が、答えた。
「経験的に、5〜10%程度が妥当です」
「湊戸区の人口25万人なら、1.25万〜2.5万人」
「これは、十分に意味のある数字です」
高瀬議員が、質問した。
「交流イベントの費用は?」
桜井が、電卓を叩いた。
「仮に、参加者1人あたり2万円の補助を出すとして……」
「2万人×2万円=4億円」
「支援額240億円の約1.6%」
「許容範囲ね」
小林が、感動していた。
「これなら……本当に、人と人が繋がる」
「ただの財政支援じゃなくて、絆が生まれる」
結城が、笑った。
「そうそう。それが大事なんだよ」
神山教授が、ホワイトボードに書いた。
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【1ダース・ペアリングの効果】
心理的効果:
・認知負荷の軽減(12という親しみやすい数字)
・顔の見える関係(交流イベント)
・社会的つながり(継続的な動機)
経済的効果:
・支援額:1自治体20億円×12=240億円
・交流費用:約4億円
・合計:約244億円(湊戸区の税収4,000億円の6.1%)
政治的効果:
・住民の理解を得やすい
・メディアが取り上げやすい
・国会で説明しやすい
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5人が、ホワイトボードを見つめた。
桜井が、言った。
「これなら、いける」
結城が、頷いた。
「絶対いけるぜ」
高瀬議員が、質問した。
「次の課題は、どの12自治体を選ぶか、ですね」
「湊戸区が、どの12自治体とペアリングするのか」
小林が、答えた。
「それは……財政状況と、地理的バランスを考えて……」
桜井が、遮った。
「私がアルゴリズムを作るわ」
「財政力指数、人口減少率、高齢化率、地理的分散」
「これらを変数にした最適化モデル」
「1週間で作る」
神山教授が、質問した。
「ペアリングは、固定ですか?それとも、毎年変わりますか?」
結城が、答えた。
「固定がいいんじゃないか?」
「継続的な関係を作るために」
高瀬議員が、頷いた。
「ただし、D2からD1に昇格した自治体は、ペアリングを解除する」
「新たにD2に降格した自治体とペアリングする」
「これで、インセンティブが働きます」
小林が、メモを取った。
ペアリングのルール:
– 基本的に固定(継続的な関係)
– 昇格・降格時にのみ変更
– 新たな自治体とペアリング
「これなら、自治体に『昇格したい』という動機が生まれる」
結城が、時計を見た。
「もう4時か。あと1時間だな」
「次の議題に行こうぜ」
桜井が、資料を取り出した。
「じゃあ、私の財政シミュレーションを発表するわ」
桜井が、プロジェクターに映し出した。
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【全国展開した場合の財政シミュレーション】
前提条件:
・Aリーグ:20自治体
・Bリーグ:80自治体
・D1リーグ:600自治体
・D2リーグ:241自治体
支援額:
・AリーグからD2へ:20億円×12自治体=240億円/自治体
・BリーグからD1へ:40億円×7.5自治体=300億円/自治体
マイナポイント:
・Aリーグ住民:3万円/人
・Bリーグ住民:2万円/人
地方交付税削減額:
・全国合計:約1.36兆円
国の財政への影響:
・マイナポイント支出:約2,500億円
・地方交付税削減:約1.36兆円
・純削減:約1.1兆円
→ 国の財政は大幅に改善する
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結城が、口笛を吹いた。
「1.1兆円……マジかよ」
桜井が、頷いた。
「シミュレーション上は、そうなる」
「ただし、前提条件次第で変動する」
「精緻化が必要」
神山教授が、質問した。
「住民の同意率は、何%で計算していますか?」
桜井が、答えた。
「Aリーグ:70%、Bリーグ:60%」
「これ以下だと、制度が成り立たない」
結城が、資料を取り出した。
「じゃあ、俺のアンケート結果を発表するわ」
結城が、プロジェクターに映し出した。
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【湊戸区住民・企業アンケート結果】
調査対象:
・YUKI TECH社員:500名
・湊戸区商工会加盟企業:200社
質問:
「湊戸区が税収の一部を地方に送り、代わりにあなたに3万円のマイナポイントを差し上げます。賛成しますか?」
結果:
・賛成:68%
・反対:22%
・わからない:10%
賛成理由(上位3つ):
1. 地方を支援したい(45%)
2. マイナポイントがもらえる(32%)
3. 交流イベントに参加したい(18%)
反対理由(上位3つ):
1. 自分の税金を使われたくない(58%)
2. 地方の自己責任(25%)
3. 効果が疑わしい(17%)
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小林が、目を輝かせた。
「68%……!」
結城が、頷いた。
「ああ。ギリギリだけど、70%に近い」
「しかも、これは『初見』での数字だ」
「説明を丁寧にすれば、75%くらいまで上がると思う」
神山教授が、微笑んだ。
「素晴らしい。実証データがあれば、説得力が増します」
高瀬議員が、頷いた。
「これなら、国会でも推せます」
桜井が、時計を見た。
「5時ね。最後に、次回までの宿題を決めましょう」
桜井が、ホワイトボードに書いた。
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【次回までの宿題】
小林:
・夕焼市と他D2自治体へのヒアリング
・交流イベントの具体案
桜井:
・ペアリング最適化アルゴリズムの開発
・財政シミュレーションの精緻化
神山教授:
・住民同意率を高めるための詳細施策
・フレーミング戦略の設計
結城:
・湊戸区長へのアポ取り
・経営者ネットワークへの根回し継続
高瀬議員:
・総務省・財務省へのヒアリング
・法案化のロードマップ作成
【次回ミーティング】
12月24日(土)14:00
場所:YUKI TECH 会議室
クリスマスイブだけど、頑張りましょう!
5人が、笑った。
結城が、言った。
「クリスマスイブに会議かよ。彼女いないから平気だけど」
桜井が、冷たく言った。
「私も仕事の方が大事」
神山教授が、微笑んだ。
「研究者に休みはありません」
高瀬議員が、立ち上がった。
「それでは、次回まで」
「頑張りましょう」
5人が、握手を交わした。
午後6時。
小林は、会議室を出た。
エレベーターに乗る。
結城が、横にいた。
「小林くん、今日は良かったな」
「1ダース・ペアリング、いいアイデアだ」
小林は、微笑んだ。
「結城さんのおかげです」
結城が、首を振った。
「いや、みんなのおかげだよ」
「一人じゃ、こんなアイデア出ない」
1階のロビー。
外は、もう暗い。
湊戸区のイルミネーションが、キラキラと光っている。
「クリスマスか……」
小林は、呟いた。
「夕焼市にも、クリスマスはあるのかな……」
結城が、肩を叩いた。
「あるだろ。どこにでもあるさ」
「そして、来年のクリスマスは……」
結城は、夜空を見上げた。
「夕焼市に、希望が戻ってる」
小林は、頷いた。
「そうですね」
「絶対に、そうします」
小林は、駅に向かった。
羽田空港。
札幌。
夕焼市。
午後11時、夕焼市。
小林は、父の家に戻った。
リビングに座る。
パソコンを開く。
「1ダース・ペアリング……」
小林は、呟いた。
「これで、いける」
小林は、D2リーグのリストを見た。
241自治体。
どこも、夕焼市と同じように苦しんでいる。
「この街たちを……全部救う」
小林は、決意した。
窓の外。
夕焼市の夜。
街灯が、ぽつぽつと光っている。
「父さん……もう少しだ」
小林は、呟いた。
「もう少しで、この街に希望が戻る」
