※この物語はフィクションです。
第13章 交錯する記憶
東京駅のホームでついに聞いた声。それは高田を犯罪の道へ導いた、あの日の記憶そのものだった。
東京駅の朝は、巨大な生き物のようにうねっていた。
東海道新幹線のホームには旅行客が並び、改札付近には通勤客の波。
巨大な天井の下で響く足音とアナウンスが、都市の鼓動そのものを作り出している。
その群衆の中に、黒いスーツの男が紛れていた。
表情は無機質で、ただ一つの目的だけを抱えて動いているようだった。
「始発を止めるのではなく、走らせたまま混乱を引き起こす。……指揮者の言葉どおりだ」
彼はイヤホンに小声で報告を入れた。
一方、佐伯と三浦は鉄道警察隊の東京派出所に合流し、現地指揮を取っていた。
「不審物は確認済み。だが奴らの狙いは別にある」
佐伯の声は冷静だが、瞳の奥には焦燥が見えていた。
その時、警備用モニターが一瞬乱れ、別の画面が割り込んだ。
ノイズに混じって現れたのは、黒幕の声だった。
「君たちは追いかけてばかりだな。いつまで防戦を続けるつもりだ?」
三浦は歯を食いしばった。
「挑発している……!」
佐伯は首を横に振った。
「違う。これは“誘導”だ」
その頃、別室にいた高田の耳が突然鳴った。ノイズの奥から聞こえる声──
それは、彼が十代の頃に市場で聞いた声と同じだった。
「……やっぱり、お前か」
高田は目を見開き、震える拳を握った。
過去が断片的に蘇る。
上野の雑踏、初めて盗みに失敗して捕まったとき、背後から助け舟を出した男の声。
「その腕前、無駄にするな」
少年だった高田に犯罪の道を深めるきっかけを与えた、あの声。
「影の指揮者は……俺を育てた奴だ」
高田は唇を噛み、呟いた。
三浦が振り返った。
「知ってるんですか!? その人を!」
「顔は覚えてねえ。でも、声だけは絶対に忘れない」
同じ瞬間、東京駅の構内放送に異常が走った。アナウンスに紛れて、黒幕の声が響く。
「ようこそ、最終幕へ」
乗客たちが一斉にざわめき、ホームに緊張が走る。
佐伯は無線を握りしめ、短く叫んだ。
「全隊員、配置につけ! 奴は必ずこの場にいる!」
東京駅の雑踏の中、影と光が交錯する。
過去と現在が一つに重なり、最終決戦の幕が開こうとしていた。
【次回予告】
第14章 指揮者の顔
ホームに現れる影の指揮者。対峙する佐伯、高田、三浦。都市の運命を懸けた心理戦が始まる。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。