※この物語は政策エンタメのメソッドによって書かれたフィクションです。
2024年10月に実際に交わされた対話と構想をもとに、未来のシナリオを描いたものですが、登場人物、団体名、具体的な出来事の多くは創作です。
ただし、「祖父母育て支援」という政策提案そのものは、現実に検討する価値があると考え、本作を通じて問題提起をしています。
第1章:母屋の招待
2024年10月某日、逢坂市平川区瓜原
「成田先輩、完成しました。ぜひ、見に来てください。」
LINEに、森山智久からのメッセージが届いた。
彼は私の大学の2つ後輩で、今年55歳。大手商社でデベロッパーをしている、いわゆるエリートだ。
数年前から、彼が祖母から受け継いだ築90年の母屋をリノベーションしているという話は聞いていた。
「新築より高いんですよ、リノベーション。でも、この家を壊すわけにはいかなくて。」
以前、彼がそう言っていたのを思い出した。
私、成田太は、IT企業を経営している。都銀を辞めて起業して、もう23年。零細企業だが、なんとかやってきた。
息子が2人いて、それぞれ岡山の大学と北海道の大学に進学している。関西の自宅から、彼らは遠く離れた地で学んでいる。
森山とは、たまに飲む程度の関係だったが、彼の母屋の話には興味があった。
「じゃあ、今週末に行くよ。」
そう返信した。
瓜原という町
逢坂市平川区瓜原。
正直、私はこの町のことをよく知らなかった。
逢坂市の南東部、どちらかといえば「下町」と呼ばれるエリアだ。
地下鉄谷山線の岐礼瓜原駅から歩いて10分ほど。
住宅街の中に、古い商店街があり、昭和の面影を残す町並みが続く。
森山の母屋は、その一角にあった。
玄関を開けた瞬間
「先輩、お久しぶりです。どうぞ。」
森山が玄関で出迎えてくれた。
引き戸を開けた瞬間、私は息を呑んだ。
古い梁や柱はそのままに、現代的な設備が融合している。
土間があり、そこから畳の部屋へと続く。障子、縁側、中庭——祖母の時代の面影を残しながら、明るく、暖かく、機能的に生まれ変わっていた。
「すごいな…これ、相当お金かかっただろ?」
「新築の倍以上ですよ(笑)。でも、この家を壊すわけにはいかなかった。」
森山は、縁側に案内してくれた。
中庭には、小さな池があり、鯉が泳いでいる。秋の陽射しが縁側に差し込み、心地よい風が吹いていた。
「ここで、祖母とよく茶を飲んだんです。」
森山は、遠くを見つめるように言った。
祖母に育てられた男
森山智久は、幼少期に祖父母の養子になった。
母方の家系を守るため——そう聞いている。
彼の両親は別のところで暮らしていたが、森山は祖父母の元で育てられた。
「祖母が、俺の『お母さん』でした。」
以前、彼がそう語ってくれたことがある。
厳しくも優しく、地域の人々との繋がりを大切にする祖母。
夏祭り、盆踊り、近所の子どもたちとの遊び——この瓜破の町が、森山の原風景だった。
「祖母が亡くなって、もう十数年になります。」
森山は、縁側に座りながら続けた。
「この家をどうするか、ずっと悩んでました。売るのか、貸すのか、壊して新築するのか。」
「でも、結局、リノベーションにした。」
「自分の町すら、再開発できないのか?」
「先輩、変な話なんですけど…」
森山は、少し照れくさそうに言った。
「俺、大手商社でデベロッパーやってるんですよ。全国の再開発プロジェクトに関わって、何百億という規模の仕事をしてる。」
「でも、気づいたんです。俺、偉そうにデベロッパーやってるけど、自分の祖母の母屋すら、自分が生まれ育った町すら、再開発できないじゃないかって。」
その言葉に、重みがあった。
「新築の方が安い。合理的に考えれば、壊して新築すべきだった。」
「でも、この家を壊したら、祖母との思い出も、この町の記憶も、全部消える。」
「それが嫌だった。だから、リノベーションにした。高くても、時間がかかっても。」
森山は、母屋を見渡して言った。
「この家が、俺の原点なんです。ここで育ったから、今の俺がいる。」
私は、黙って聞いていた。
森山の言葉には、ビジネスの論理では語れない、何かがあった。


