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【推理小説】レールの影 第八章 不協和音

レールの影 第八章 不協和音

※この物語はフィクションです。

「レールの影」第八章 不協和音
停止したはずの信号が狂いだす。三浦と高田は互いの葛藤を抱えたまま、次の一手を探る。

夜風が線路を渡り、冷たく湿った空気が駅構内を満たしている。

指令室ではモニターの光が青白く顔を照らし、秒針の拍が不協和音のように響いていた。

列車はまだ走っている。止めるべきか、逸らすべきか──判断は千分の一秒を争う。

「環状線、三ヵ所の信号が同時にダウン。自動保護が働かない可能性がある。運転士へ緊急停止指示を出せ!」

運輸指令の声が飛ぶ。だが無線は混線しており、全車両に確実に届くかは賭けだ。

遠隔からの割り込みや妨害が入る恐れもある。

佐伯は、その間隙を突いて別の手を打った。

「運転を止められないなら、軌道を変える。ポイント操作で列車を引き込み、速度を落とさせる。運転士に直接指示できる者は?」

運輸本部との連携が瞬時に始まる。技術員が地図上のポイントに赤い点を置き、切り替え可能な経路を列挙していく。

だがポイントの遠隔操作にも電力系統や信号の整合性が必要で、リスクは残る。

「高田、聞け」

佐伯が厳しく命じる。

高田は震える声で応じた。

「お前がそのUSBを一度見たんだ。何かヒントになることはないのか?」

高田は俯き、そして小さな声を漏らした。

「メモリの中にあったのは、駅と線路の“例外動作”ログだ。停電や信号故障の際に列車がどう振る舞うかのシミュレーション。どのポイントが代替経路になるか、どの区間で速度制限が解除されるかまで書いてあった。奴らはその“例外”をついてる」

三浦が端末を操作し、画面に高田が言う該当ログを重ねる。

赤いラインが幾重にも交差して、そこには確かに「安全の穴」が示されていた。

「ポイントを操作して列車を吸い込めば、走行の優先順位でぶつからないようにできる。だが操作は手動で、現地の技術員が必要だ」

「行くぞ」

佐伯は即答した。隊員の一部が軌道側へ急行し、技術員と合流する。

だが現地でのポイント切替は危険を伴う。時間との戦いの中、誰もその仕事を志願する者はいなかった。

だが沈黙は破られた。

高田が一歩前に出た。

「俺が行く」

三浦が咄嗟に声を上げる。

「だめです! 捕まってる身でしょう!」

「関係ねぇ」高田の目は真剣そのものだった。

「俺は盗人だ。だが今ここで誰かの命を奪う側には立ちたくねぇ。これが償いになるかは知らねぇが、ここで止める」

佐伯は高田を見据え、短く息を吐いた。

「行け。だが無理はするな。お前一人の勝手で済まない」

高田は束縛を解かれたわけではないが、隊員の一人が手錠の鎖を外してくれた。

夜の線路へと向かう足取りは速く、彼の表情には決意と恐怖が混ざっていた。三浦は黙って小さな祈りを口にした。

現地で技術員と合流した高田は、USBから読み取ったログを頼りにポイントの操作パネルへ向かった。

指先が震え、工具を握る手に力が入る。

遠くでは列車のモーター音が続き、軌道は振動を伴っている。操作ミスは即座に致命的になる。

「よし、今だ」

技術員の合図とともに、高田はメインレバーに手をかけた。

回路の整合を待つ間、彼は自分の生涯を走馬灯のように見た。

盗みで得た金で飯を食い、逃げ回り、子どもには顔を見せられなかった。

今、彼はどこかで始めて人のために手を動かす。

回路がつながり、ポイントがゆっくりと作動し始めた。

警告灯がチカチカと点滅し、機械のうなりが高まる。

だが、その瞬間、遠隔からの干渉信号が入り、システムが一瞬不安定になった。

警報が鳴り、技術員が叫ぶ。誰かが外部から再試行を仕掛けている。

高田は躊躇なく手を締め、二度目の操作を押し通した。

彼の体が痙攣するように力を込めると、レバーは最後の一段を越え、金属が重い音を立てて軋んだ。

ポイントは切り替わり、線路の配列が変わった。

遠くのレールを走る列車が、制御された軌道へと逸れていくのが見えた。

速度は依然として高いが、衝突の軌跡は交わらない。指令室から低い歓声が上がる。

だが歓声に混じって、別の不安も生じていた。

「誰かが別の地点で同様の仕掛けを続けている可能性が高い。連鎖だ」

佐伯は息をつきながら言う。

「ここで止められても、奴らは次を狙う」

高田は膝に手をつき、震える呼吸を整えた。汗と埃で顔は汚れている。

遠くでサイレンが近づき、夜空にはヘリの光が走る。

彼はポケットの中で小さく、USBに触れた。指先に残る金属の冷たさが、彼の胸に静かな痛みを与えた。

「これで終わりじゃない」三浦が呟く。だがその声に、誰もが首を振るしかなかった。

影の指揮者はまだ動いている。都市は再び眠らず、夜の間も警戒態勢を続けるだろう。

だが今、この瞬間だけは、命が一つ救われた。

高田の選択は一つの逆転を生み、列車は交差せずに駆け抜けた。

勝利は泥臭く、だが確かに手に入った。彼は地面に崩れ落ち、長い間息をついた。

周囲の隊員が彼を支え、誰かが暖かい飲み物を差し出した。

佐伯は高田の肩を軽く叩き、言葉少なに告げた。

「ここからだ。終わってないが、今日はお前の手柄だ」

高田は小さく笑い、目に光を戻した。

だがその笑顔の裏には、まだ多くの負債と選択が控えている。

USBの中には、まだ見ぬ計画の断片が残っているのだ。

夜は深く、街の光は消えない。だが、線路の上を駆け抜ける列車の音は、少しだけ静かになった。

彼らはその静けさを抱え、次の戦いに備える。

【次回予告】
「レールの影」第九章 過去の影
USBに浮かぶ都市データ。影の指揮者の正体と、高田が背負ってきた過去が少しずつ繋がり始める。

◀第7章はこち

目次

登場人物

佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。

三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。

高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。

イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。

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