※この物語はフィクションです。
「レールの影」第七章 途切れた線
線路沿いに現れる黒い影。都市の血流を止めようとする動きが、いよいよ形を現し始める。
夜の帳が下り、大阪の街に無数の光が点り始めていた。だが鉄道網を流れる電力は、その光を一瞬で消す力も秘めている。
鉄道警察隊が警戒対象を「駅」から「線路とインフラ」へと広げたその夜、全員が異様な緊張に包まれていた。
「目標は変電所か、指令所か……あるいは線路そのものだ」
佐伯は地図を広げ、主要設備に赤いマーカーを打っていく。
「列車が止まれば都市機能は一気に麻痺する。奴らの狙いは混乱の拡散だ」
三浦は横でモニターを確認していた。防犯カメラ映像に、一人の人物が線路脇を歩く姿が映る。
「非常識だ……こんな時間にあんな場所へ」
画面に映った男はフードを深く被り、工具らしき袋を抱えている。
「すぐに確保しろ」
佐伯の声と同時に、現場の隊員が動き出す。
一方その頃、拘束中の高田は別室で不安げに揺れていた。
「線路を狙う……あいつら、本気だ」
USBを指先で転がしながら、彼は自分に問いかけていた。
――俺はまだ逃げられるのか。それとも、このまま道連れになるのか。
警備隊の無線がざわめいた。
「対象者、線路沿いで確認! 何かを仕掛けている!」
「爆発物か!?」
数秒後、暗闇を切り裂く閃光が走った。轟音ではなく、耳を刺すような電子音が夜を震わせる。
信号機の赤と青が狂ったように点滅し、数百メートル先の線路が黒く沈黙した。
「信号ダウン! 環状線の一部が停止!」
無線の報告に、指揮所が一斉に動揺した。
三浦は顔を上げた。
「これ、ただの破壊じゃない……線路を“乗っ取る”準備だ」
佐伯の視線が高田に向けられる。
「お前は何か知っているな」
「……知らねえよ。俺はただのスリだ」
だがその声は震えていた。
やがて彼は観念したように吐き出した。
「影の指揮者が狙ってるのは“列車同士を衝突させること”だ。止めるんじゃねえ、逆だ。走らせたままぶつけるんだ」
室内に重たい沈黙が落ちた。
都市の血流が、いま刃物で切り裂かれようとしている。
【次回予告】
「レールの影」第八章 不協和音
停止したはずの信号が狂いだす。三浦と高田は互いの葛藤を抱えたまま、次の一手を探る。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。