※この物語はフィクションです。
「レールの影」第六章 消えた警告
解除不能のコマンドが走り出す。防げないはずの異常に立ち向かう警察隊の前で、緊張が高まる。
梅田の騒ぎが一段落した頃、駅の外は夕暮れに染まり始めていた。
避難させられた人々は落ち着かない表情でスマートフォンを覗き込み、SNSには「爆弾騒ぎ」「梅田パニック」といった言葉が飛び交っている。
街はいつもと変わらぬ光を灯しながらも、見えない不安を抱えていた。
佐伯は仮設の指揮所に戻り、モニターを覗き込む。解析員が声を落として報告した。
「USBの中のデータ、さらに解析を進めました。車両の構造図だけじゃない。複数の駅の人流データと照合した“被害予測シミュレーション”が含まれていました」
「駅ごとの混雑時間……」
三浦が息を呑む。
「つまり、計画は一度きりじゃない」
佐伯は頷いた。
「連続攻撃。奴らは人の動きを完全に読み切ろうとしている」
その時、拘束されていた高田が机を叩いた。
「なあ、あんたらまだ気づいてねえのか。これ、ただのテロリストの仕業じゃねえ」
彼の目には恐怖ではなく、どこか確信めいた光があった。
「俺は一度あの外国人の口から聞いた。“影の指揮者”がいるってな。現場の小僧どもはただの駒だ。誰かが背後で全体を操ってる」
「影の指揮者……」
三浦がその言葉を繰り返した。
ちょうどその頃、どこか別の国のどこか別の部屋で、一人の男が電話を置いていた。
机には地図、時刻表、そして複数のモニター。彼の顔は暗がりに沈み、シルエットだけが浮かび上がる。
「梅田は成功だ。群衆の恐怖は我々の武器になる」
静かに告げる声。その背後で、次の計画が記されたファイルが開かれていた。
再び場面は指揮所へ戻る。
佐伯は高田を見据えた。
「お前は、その指揮者の正体を知っているのか」
高田は唇を噛みしめ、やがて首を横に振った。
「顔は知らねえ。ただ、次の狙いが“線路そのもの”だって話は耳にした」
「線路……?」
三浦の声が震える。
「駅じゃなくて、列車を走らせる仕組みそのものを?」
佐伯は無線に手を伸ばし、短く告げた。
「本部へ。ターゲットは駅構内に限らない。線路、変電設備、指令システム――すべてを警戒対象に切り替えろ」
無線の向こうで一瞬の沈黙。
やがて重たい声が返ってきた。
「了解。だがそれでは、大阪全域が戦場になるぞ」
佐伯は視線を伏せた。
守るべき線は、今や駅の境界ではなく、大都市そのものに広がっていた。
【次回予告】
「レールの影」第七章 途切れた線
線路沿いに現れる黒い影。都市の血流を止めようとする動きが、いよいよ形を現し始める。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。