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【推理小説】レールの影 第五章 欺かれた線路

小説「レールの影」第五章 欺かれた路線

※この物語はフィクションです。

「レールの影」第五章 欺かれた路線
操作される信号、偽装された痕跡。列車を走らせ続ける影の意図に、佐伯たちは気づき始める。

梅田の地下は昼夜を問わず人の血が流れる場所だ。商業ビルの明かりが地下通路にまで漏れ、交差する足音が複雑なリズムを作る。

そこに刺さるように、鉄道網と地下街とバスターミナルが折り重なっている。

犀の角のように鋭く、人がぶつかり合う交差点だ。

「本部、我々は現場近辺に到着。状況報告を」
佐伯の声は冷静だ。

だが無線の端で、梅田駅周辺の騒ぎは確かに大きくなっている。人手の多さと広さは、鶴橋の比ではない。

現場付近の監視モニターに映るのは、黒いリュックを背負った二人連れの影。

彼らはおびただしい人波に紛れ、時折荷物の位置を確認するような仕草を見せる。

外見だけでは判別が難しい。テロはいつもそうだ。日常に紛れ込むことで、非日常を最も効率よく作動させる。

「警戒ラインを二重に張れ。改札口と地下通路すべてに伏せろ」

佐伯の指示が通る。隊員たちが散り、それぞれの視界を固めていく。

三浦は端末で人の流れを追い、彼女の画面に赤いマーカーが点滅する。

高田は護送の手から離れたわけではないが、いつの間にか佐伯の肩越しに立ち、前を見据えていた。

彼の顔には決意と、どこか諦めにも似た静けさが混ざっている。

「高田、お前はどうするつもりだ」

佐伯の問いに、高田は小さく笑った。

「俺がここで何をするかは、あんたらが決めることじゃねえ。だが一つだけ言っとく。俺はもう逃げない」

人の波がぎくっとした。そこへ、地下通路の一角で少年と母親が言い争うような声が聞こえる。

日常の声が、今だけ無防備に響く。

時間は刻一刻と進む。モニターで荷物の位置が揺れ、二人の動きが速くなる。

三浦の指が震える。彼女はふと、列車のドアに挟まれそうになりながら咄嗟に手を伸ばす通勤客の手を思い出した。

誰もが、誰かのために瞬間的な判断をする。テロはその瞬間の判断を奪うためにある。

「目標、地下二階付近。周囲の店舗は閉店させろ。誘導誘導、速やかに」

佐伯の声が響く。店舗スタッフが驚きと不安の入り混じった表情で客を誘導する。

だが、広い空間のどこに本当の危険があるのかは誰にもわからない。

その時、三浦の端末に新たな映像が流れ込んだ。

小さな監視カメラが捉えたのは、荷物を抱える男が立ち止まり、スマートフォンで何かを操作する姿だ。

ディスプレイに映るのは地図のようなもの。ピンが打たれ、短いメッセージが走る。

「今だ」

佐伯が呟いた。言葉は短かったが、その意志は確かだ。

補助の隊員が彼の合図で動き、出口と通路を一斉に封じた。

人の流れがぎこちなく変わり、予定調和のリズムが崩れる。

ここが勝負どころだと、誰もが理解していた。しかし、相手は人波そのものを盾にしている。

目に見える者を固定すれば、見えない者が動く。二重三重の緊張が梅田の地下に張られていく。

突然、地下通路の端から叫び声が上がった。誰かが倒れ、波紋のように周囲が反応する。

押しのけられた人々が走り、それが更なる混乱を呼ぶ。

黒いリュックを背負った男二人が、その隙に身を潜めようとする。

「行くぞ」

佐伯の号令で隊員が飛び出す。だがその瞬間、向こう側から別の音が聞こえた。

金属が擦れる音。人々の足元で小さく何かが転がる音。誰かが箱を落としたのか、それとも……

三浦の視界に、白い箱が見えた。中身は見えない。ただの箱だったかもしれない。

だが画面の解析が一瞬にして赤を示す。危険信号。

「爆発物反応、一定値超過!」
処理班の解析員の声が無線越しに届いた。

「全員、距離を取れ!」

佐伯は叫び、三浦は反射的に一歩後退した。だが周囲の一般客は逃げ惑い、流れは制御を超えていた。

人の塊が揺れ、何人かが転倒し、悲鳴があちこちで上がる。梅田の地下は瞬時にして戦場のような景観を見せた。

高田はその光景を目にした瞬間、ポケットに手を伸ばした。USB。彼は押し合いの中で、小さくつぶやいた。

「済まねえ……」

佐伯はそれを見逃さなかった。だが選択肢はなかった。目の前の箱が何をするかが先だ。

彼は自分の判断を信じ、倒れそうな手で誰かの腕を掴み、さらに後退を命じた。

箱の側で、短く閃光が走った。爆発ではなかった。だが大きな音が鳴り、粉塵が舞った。

避けようのない衝撃の中、誰かが叫び、誰かが床に伏した。

煙が晴れると、箱の中身はまるで現代アートのような配線と電子基板の集合体だった。

しかし解析ははっきりしていた。模造ではない。

爆薬は内蔵されていないが、遠隔起動用の装置が組み込まれている。

リモコンで起動すれば、別の場所で起爆するためのトリガーとなりうる。

「囮ではない。連鎖を狙っている」
佐伯の声は低く、しかし揺るがなかった。

その瞬間、三浦の無線機が反応した。解析からの追加。

USBのメタデータと、さきほどの現場データの時間取得に一致が見つかった。

梅田の箱は誘導装置の一部であり、本命はやはり別の地点で起爆可能なシステムを組むためのスイッチだった。

「奴らは連鎖を狙ってる。分散攻撃だ」

佐伯は周囲の隊員に目配せした。防御ラインを再編成し、目標を広域で監視する指示が次々と飛ぶ。

だが同時に、彼の横で高田が膝をついた。胸に手を当て、荒い息をつく。三浦が駆け寄る。

「高田さん!」

彼は小さな笑みを浮かべたように見えたが、目は乾いていた。

「俺が——俺が最初にそれを盗んだ。お前らのせいでここまで来た」

「誰のせいでもない。止めるのが俺たちの仕事だ」

佐伯の言葉は機械的に柔らかさを欠いていた。だがそこには確かな重みがあった。

人々の避難が進む一方で、黒幕は計画の次の段階を、どこか別の場所で静かに動かしている。

地下の交差点が一瞬にして収束と拡散を繰り返す中、人間の意思と機械の冷徹さが激しくぶつかり合っていた。

佐伯はふと思った。境界とは地図上の線に過ぎない。だが人間が引く境界線は、時に人命を分け、時に正義を問う。

彼らはその境界の上で、今一度立ち止まり、判断を迫られているのだ。

梅田の地下に日常が戻るには、まだ時間がかかるだろう。だがその日常の裏側で、彼らは戦い続ける。

交差点の灯は消えない。彼らが守るべきものは、人々の帰路と、戻ることのできる明日

【次回予告】
「レールの影」第六章 消えた警告
解除不能のコマンドが走り出す。防げないはずの異常に立ち向かう警察隊の前で、緊張が高まる。

◀第4章はこち

目次

登場人物

佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。

三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。

高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。

イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。

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