※この物語はフィクションです。
第14章 指揮者の顔
ホームに現れる影の指揮者。対峙する佐伯、高田、三浦。都市の運命を懸けた心理戦が始まる。
東京駅のホームは、異様な静けさに包まれていた。
数分前まで押し寄せていた人波は、避難誘導によってほとんど姿を消している。
残されたのは鉄道警察隊と、緊張に満ちた空気だけだった。
佐伯は耳に無線を当てたまま、群衆が去ったホームを睨みつけていた。
「奴はまだここにいる。逃げてはいない」
その瞬間、構内スピーカーから再び声が響いた。
「よくここまで辿り着いたな。だが君たちが守るものは、すでに人々の心から失われている」
三浦は拳を握った。
「出てこい! 卑怯者!」
すると、ホーム端の暗がりから一人の男が姿を現した。
黒いコート、白髪交じりの頭、年齢は五十代前半。無機質な瞳の奥に、異様な熱が潜んでいた。
「……影の指揮者」
佐伯が呟いた。
高田はその声を聞いた瞬間、全身が凍りついた。
「あんた……!」
少年時代、市場で声をかけてきたあの男と同じ声。同じ抑揚。
「やっぱり俺を使ってたのか……!」
男は口元にわずかな笑みを浮かべた。
「使った? 違うな。君に可能性を与えただけだ。盗む技術も、隠れる知恵も、全部この瞬間のためだった」
三浦が一歩踏み出そうとしたが、佐伯が腕で制した。
「挑発に乗るな。奴は心理戦で崩そうとしている」
影の指揮者はホームを歩きながら続けた。
「鉄道は都市の血流だ。止めれば街は死に、走らせすぎれば人は飲み込まれる。私はただ、それを“証明”しているに過ぎない」
高田が叫んだ。
「証明だと!? 俺の人生を弄んで、人を恐怖に巻き込んで、それを証明だと!?」
男の瞳がわずかに揺れた。
「君は証人であり、共犯者だ。忘れるな、高田。君の指が、最初にこの計画を動かした」
ホームの緊張が限界まで張り詰める。
佐伯が拳銃に手をかけ、短く命じた。
「鉄道警察隊、包囲しろ!」
複数の隊員が一斉に動き、影の指揮者を取り囲む。
だが男は怯む様子もなく、コートの内ポケットから小さなリモコンを取り出した。
「包囲など無意味だ。私は既に次の一手を打っている」
赤いランプが点滅する。
その光が、東京駅の広大なホームに不気味な影を投げかけた。
【次回予告】
第15章 赤い灯
リモコンに点滅する赤い光。全てを吹き飛ばす脅威の前で、高田は最後の決断を下す。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。