※この物語はフィクションです。
第19章 余波
危機は去ったが、影は逃げた。守り切った街と、罪を背負う高田。残された者たちの胸に影は残る。
東京駅の混乱は、徐々に収束へと向かっていた。
避難していた乗客たちが戻り始め、駅員の呼びかけに応じて構内は少しずつ日常を取り戻していく。
だが、鉄道警察隊の面々にとって、それは「終わり」ではなく「始まり」に過ぎなかった。
佐伯は指揮所で報告をまとめていた。
「爆発物はすべて処理済み。負傷者なし。だが影の指揮者は依然として拘束下にいない」
低く抑えた声が、むしろ緊張感を漂わせる。
三浦は机に手を置き、悔しさをにじませた。
「姿を現したのに……逃げられた。次は必ず……」
その横で、高田は静かに座っていた。
両手は再び拘束されている。
だが先ほどまでの彼の顔にはなかった、奇妙な落ち着きがあった。
「さて……俺の番だな」
佐伯が目を向ける。
「お前には多くの罪がある。それは消せない」
「わかってる」高田は苦く笑った。
「でも、俺は初めて自分の意思で動いた。だから、これでいい」
三浦は言葉を飲み込んだ。
敵でありながら味方でもあった高田の姿は、彼の心に複雑な影を落としていた。
窓の外には朝日が差し込み、駅構内を黄金色に染めていた。
だがその光の下、ニュース速報が流れる。
《東京駅で不審物騒ぎ 全国規模の攻撃未遂か》
《黒幕は依然逃走中》
佐伯は画面を見つめ、短く言った。
「戦いは続く。だが今日は守り切った。それで十分だ」
高田は静かに目を閉じた。
鉄道の轟音が遠くで響き、街は再び動き始める。だが彼の心には、消えない問いが残っていた。
――俺は本当に贖えたのか。
その問いの余韻を残したまま、物語は次の影へと移ろい始めていた。
その頃。
港の倉庫街の一角で、一人の男が古びたノートPCを静かに閉じていた。
画面に映っていたのは、都市の路線図と貨物線の記録。
「これで終わりではない……」
低くつぶやくその声は、遠い祖国の夜風のように乾いていた。
街の光が揺れる。
影はまだ潜んでいる──。
【次回予告】
エピローグ 揺れる街の上で
日常へ戻る都市。だが自由を謳歌する影はまだ潜んでいた。光と影のせめぎ合いは終わらない。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。