※この物語はフィクションです。
第12章 東への疾走
朝の東京駅。群衆の雑踏に紛れて動く黒い影。高田の記憶に刻まれた声が、再び蘇る。
午前七時。東京駅はすでにラッシュの始まりを告げていた。
無数のスーツ姿、旅行客、修学旅行生。行き交う人々のざわめきの中に、ただ一つ、不気味な報告が混ざる。
「東京駅構内、ホーム下で不審物発見」
「名古屋でも同様の通報あり」
無線越しに飛び込む情報に、指揮所の空気が張り詰める。
佐伯は腕を組み、短く言った。
「奴らは一度に二つ以上を揺さぶっている。目的は“恐怖の拡散”だ」
三浦は唇を噛み、目を伏せる。
「本当に、全国が戦場になりつつある……」
その時、隅に座っていた高田が、ぽつりと口を開いた。
「……俺は昔、東京にいた」
視線が彼に集まる。
「ガキの頃から盗みを覚え、上野の市場で何度も捕まりかけた。だが、ある時一人の“客”に声をかけられたんだ。あんたの技術は別の場所で使えるってな」
高田の声は震えていた。
「その客こそ、影の指揮者かもしれねぇ。顔は思い出せない。けど声は……さっきの通信に似ていた」
佐伯の眉が動いた。
「つまりお前は、奴と過去に接点があった可能性があるということか」
高田は苦笑を浮かべた。
「俺はずっと逃げてた。だが結局、逃げても逃げても縁は切れなかったんだ」
沈黙を破ったのは三浦だった。
「だったら、今度は追う番です。高田さん、あなたは“過去の証人”なんです」
高田は目を閉じ、そしてゆっくりと頷いた。
同じ頃、東京駅のホームでは、カメラに映らない角度で一人の男が立っていた。
黒いスーツに無表情の顔。
その耳元には小さなイヤホン。
「準備は整った。次の合図で動く」
彼の視線の先、新幹線の車体に朝日が反射し、白銀の軌跡を描いていた。
【次回予告】
第13章 交錯する記憶
東京駅のホームでついに聞いた声。それは高田を犯罪の道へ導いた、あの日の記憶そのものだった。
登場人物
佐伯涼介(35)
鉄道警察隊の巡査部長。冷静で論理的。家族を顧みず仕事に没頭してきた。
三浦真帆(28)
新人隊員。正義感が強いが経験不足。佐伯に反発しつつ尊敬もしている。
高田健吾(45)
老練なスリ師。かつては刑務所暮らし、今は仲間を率いる。だが「なぜか高リスクなターゲットばかり狙う」違和感。
イブラヒム(32)
外国人労働者。真面目に働いていたが、祖国の紛争で家族を失い、日本で過激派の片棒を担がされる。